奥さんの名前は麗さんと言った。良家のお嬢様だった。ご息女の名前は環と言った。母親によく似た朗らかで愛想の良い少女だ。
黒死牟は鬼舞辻議員の秘書である。そして鬼舞辻議員はプライベートの雑用まで黒死牟に任せる。例えば飼い犬の散歩であったり奥さんの私的な買い物の付き添いであったりである。
今回はベビーシッターだった。
鬼舞辻夫妻がパーティーに参加するため娘の面倒を見てほしいと奥さんから頼まれてしまったのだ。黒死牟は断れなかった。
黒死牟はいつもの黒スーツとサングラス姿で鬼舞辻の自宅を訪れ、奥さんはきゃらきゃらと笑い声をあげて「面白い方ねえ!」と言ってサングラスを取った。そしてぱちぱちと瞬きをする黒死牟を見てまた笑う。よく笑う人だった。その隣で無惨はにこにこと完璧な笑顔を作っていた。
娘はというと、彼のことを「しぼー」と呼びよく懐いていた。夫妻を見送ると一緒にボードゲームをして、おしゃべりを聞いて、夕飯を食べる。娘も母親に似てよく笑う娘だった。
「しぼー、おとうさんとおかあさん、パーティーで何してるの?」
「……一緒にお仕事をする人と……仲良くなるために…ご飯を食べて……お話を、するんですよ」
「それじゃあ、わたしとしぼーと同じでしょう。他には?」
こてんと首を傾げて問う娘に黒死牟はふむ、と少し考える素振りを見せ「ダンスをします」と言った。
「ダンス?」
「ええ……踊るんです」
娘はキラキラと瞳を輝かせた。黒死牟はしゃがんで娘に目線を合わせ、
「お嬢様も、踊りますか?」
と微笑んだ。
娘は「きゃあ!」とぴょんと跳ねてから「しぼーおどれるの?!」と少しだけ疑わしそうに訊いた。聡い娘だと思った。
黒死牟は娘を足の上に乗せて、いつだったか付き添いで見た上司のダンスを思いだし見様見真似のステップを踏む。娘がワルツを口ずさむので、それに合わせてそれらしく。
娘が満足するまで、踊り続けた。