某大学での鬼舞辻議員の講演会が予定されていた。
大学名を聞いたときから嫌な予感はしていた。その大学は縁壱の母校だ。
そして見事その嫌な予感は的中した。
キャンパス内を歩いていたら鳩がやたらと集まっているベンチが見えた。
縁壱だ。
ベンチに座っている彼の頭や肩や膝で鳩が羽を休めているのだ。カックンカックンと首を前後に動かす鳩がクルッポウクルッポウと喧しい。
うわ、と隣から議員のドン引きした声が聞こえた。しかし二人とも何も言わなかった。口にしたら負けな気がしたからだ。
それに縁壱が彼に気がつけば「兄上」と頬を赤らめながら土鳩を引き連れてやってくるだろう。目を合わしてはならない。二人は目配せをして小さく頷き合う。
しかし次の瞬間には縁壱がすぐ隣から「兄上…」と声がした。
「やはり……今日ここにいればお会いできると……この縁壱、待っておりました」
縁壱が黒死牟の手を握り、バサバサと土鳩が飛び立つ。
「汚いな」
と議員の吐き捨てる声が聞こえた。
黒死牟はなんとか「…………今は、仕事中ゆえ……」と口から言葉をひねり出した。
縁壱は「今日こそはご自宅にお帰りください。働きすぎです」と黒死牟を見ながら器用に議員に向かって殺意を飛ばしながら言った。議員から「ひぇ…」という声が漏れ出るのが聞こえる。
だから嫌なのだ。会いたくない。
黒死牟はキリキリと痛む胃を抑えることもできずに縁壱から手をにぎにぎされていた。