NOVEL 小ネタ(〜1000)

秘書しぼ〜小ネタ5

 繁忙期ではないのが悔やまれた。

 もしも、本当に忙しかったなら、鬼舞辻議員が黒死牟に休みなど決して与えないからだ。それがたとえ身内の結婚式や葬式だとしても。  
 そして繁忙期ではなかったので筆頭秘書の黒死牟なしでも仕事は問題なく処理されるし、鬼舞辻議員の扱いに慣れた黒死牟がおらずとも部下への八つ当たりは苛烈というほどでもない。  
 だから結果として黒死牟は父親の葬式に出席することとなった。

 葬式には神妙な顔をした縁壱もいた。  
 二人揃って神妙な顔をして、親戚から「そっくりねえ」と言われ、「痣がある方が縁壱くんよね」と言われた。  
 縁壱は終始何か言いたげな顔で黒死牟を見ていたし、黒死牟は縁壱を見なかった。

 すべてが流れるように過ぎていき、そして終わっていた。  
 最後に残った黒死牟は遺影をまじまじと見る。記憶の中の男よりも、ずっと弱々しい干からびたみたいな老人がため息をつく寸前の顔をしていた。今の自分の顔によく似ているのだと思う。

 兄上、と縁壱が呼ぶ。  
 顔を見ると、呆然としたような顔の縁壱がいた。  
「終わったな」  
巌勝は言った。  
「終わったんだな」  
もう一度言った。  
「……これで、おれと兄上の二人になりました」  
縁壱は眉を下げて巌勝に微笑みかける。罪悪感でいっぱいなのが分かる微笑みだった。  
 繁忙期でないのが悔やまれた。  
 巌勝は目をそらす。

「明日から………私はまた………忙しくなる」  
 そう言って黒ネクタイを外した。