NOVEL short(1000〜5000)

四十九日の夜想曲

 父が死んでから四十九日が経つらしい。四十九日法要の為に珍しく兄から連絡があったから、四十九日経ったんだなと思ったのだ。  
 縁壱は面倒臭さと兄に会いたい気持ちを天秤にかけ、法要に出席することにした。その旨を伝えると実家に泊まるかと聞かれた。是と答えた。


 最後に実家に泊まったのは父が死んだときだった。  
 父から嫌われていた自覚があった縁壱は死に目に会うことはしなかった。父も今際の際に自分に会いたくないだろうし、通夜も葬儀も告別式も出席されたくないだろうと思った。しかし、やはりその時も兄に会えると思って出席を決めたのだ。

 そして実家に泊まった。兄が実家に泊まることにしていたため泊まることにしたのだ。なんとなくお互いにお互いを意識しあっていて、なんとなく酒を飲み、なんとなく指や足を少しだけ触れ合わせ、なんとなく縁壱は兄を抱きしめた。

「もう、全部、終わったんですね」  
と言うと、  
「ああ」  
と返された。

「おれたちしかいません」  
と言うと、ややあって、  
「そんな顔をするぐらいなら、言うな」  
と言われた。  
 どんな顔だと言うのだろうと思っていたらちゅ、と唇を食まれた。兄の頬は桜色に上気していて瞳は潤んでいる。何か言いたげに震える唇を親指でなぞると口の中に誘われちゅうちゅうと吸われた。  
 眼の前が赤くなってゆく。  
 ちゅぽんと音を立てて親指が解放されたのを合図にどちらからともなく唇をあわせた。舌と舌を絡ませると水音と息遣いが部屋に満ちる。兄の顎を伝う唾液を舌で舐め取ると感じ入ったような声を出すのがたまらなかった。  
「縁壱」  
と兄が呼ぶ。  
「ゆるす」  
震える声で兄は言った。縁壱は彼の瞼に口づけた。

 そこから先はめくるめく官能の世界である。  
 罪悪感と背徳感をスパイスに実家で双子の兄とセックスに耽った。くんずほぐれつ大いに盛り上がった。  
 明日は忙しいと言っていた兄もそんなことは忘れていたようだ。


 と、思い出すと顔がカッカッと熱くなる。喪服をまとい兄の隣で親戚に挨拶しながらも縁壱の頭の中はセックスのことでいっぱいだった。  
 泊まるか、と聞かれたのは、つまりはお誘いに違いない。そう。兄は誘っているのだ。  
 あの兄が! 誘っているのだ!!

 浮き立つような気持ちの中で名前も覚えていない親戚のおばさんが挨拶にきて  
「やっぱり縁壱ちゃんはお兄ちゃまと似てるわね」  
と言う。昔の名残で巌勝のことを“お兄ちゃま”と呼ぶ彼女は祖父の妹の二人目の夫の連子だったはずだ。  
「双子ですからね」  
兄がにこやかに言う。おばさんはまだ何事か言っているが縁壱は巌勝の真似をしてにこにこしながら流した。
 お兄ちゃま、と呼んだらどんな反応をするだろうかと考えながら兄を盗み見ると、穏やかに微笑みながらおばさんのおしゃべりに相槌を打っていた。

 法要が始まるとうつらうつらしそうになるのを白目を剥きながら耐え、納骨の間は来たるべき兄とのあれやそれやをシミュレーションして乗り切る。会食では親戚のおしゃべりを聞き流し巌勝を眺めて過ごした。
 そうして法要を終えるとようやく待ちに待った夜が来る。


 巌勝は父の写真を机に立て掛けふう、と息をつく。ネクタイを取り後頭部で結った髪を下ろした姿は気だるげだった。
 縁壱は後ろから抱きしめて「あにうえ」と甘えた声を出した。  
「今日は、疲れた」  
「縁壱が癒やして差し上げます」  
「……お前に付き合っていると身がもたない。だから今日はも…ッん、ンン!」  
縁壱は巌勝の顎を掴みキスをする。すると後手で髪を引っ張られた。

―――だって。
―――だって兄上が誘ったのに。
―――兄上が誘ってくれたから、面倒で憂鬱でもここに来たのに。褒めてくれないと嫌だ。兄上だって期待してたくせに。ずるいじゃないか。おればかり求めているようで、兄上はおれのせいだって顔をしたいだけだ。何も知らないわけじゃない。

 ぷは、と唇を離すと巌勝の視線がテーブルの上の写真にうつる。
「気になりますか?」
「……ただの写真だろ」

 巌勝の唇が戦慄いた。
 縁壱はもう一度唇を合わせた。

 腕を伸ばし写真に手をかけ、それから少し躊躇ってその手を離す。

―――そう。だってこれはただの写真だ。

「兄上。おれがほしいですか」
「………うん」
「おれを選んでくれますか」
「…………………ずっと前から」

 縁壱は嬉しい、と呟き巌勝との隙間を埋めるように口づけを深くした。