秘書しぼ〜小ネタ9
鬼舞辻議員は筆頭秘書たる黒死牟のことをそこそこ気に入っている。気に入っている、というのは不愉快な一線を超えることが少ないという意味だ。彼自身は黒死牟のことをビジネスパートナーと言い換えてもいいと思っている。色々と後ろ暗いことも画策する鬼舞辻にとって、卒なく眉一つ動かさず悪事をこなす黒死牟は貴重な人材だったのだ。
さて。その黒死牟であるが、大の辛い物好きだった。鬼舞辻無は彼と共に食事をする機会など滅多にないのだが、気まぐれに中華料理店に誘ったところ真っ赤な担々麺にじょばじょばと音がしそうなほど赤い調味料を追加していた。もはや鬼舞辻の知る担々麺ではなかった。
「美味いのか?」
と訊いたところ
「辛いものが………好きなので…」
と言いながらはふはふと真っ赤な担々麺を食べていた。
甘党の鬼舞辻はドン引きである。
しかしドン引きな光景も度を越すと見世物のように面白がれるもので、彼が完食する頃には「お前の誕生日には七味唐辛子でもやろう」とケラケラ笑っていた。黒死牟ははにかみながら「恐縮です」と言っていた。
そんなわけであるから、黒死牟が胃薬を飲み始めたと聞いたときもすぐにピンときた。刺激物の取り過ぎに違いない。
しかしながら、まことしやかに囁かれている噂によると黒死牟は横暴な上司のせいで胃を痛めているのだとか。上司が蛇蝎の如く嫌っている黒死牟の双子の弟との板挟みになっていることもストレスとなっているという。
そんな馬鹿な話があるか。
鬼舞辻は鼻で笑う。黒死牟は神経質に見えて大雑把かつ図太く妙なところで繊細な男だ。鬼舞辻に楯突く暴力団の爺を電車事故に見せかけ始末した後で平然とユッケを食べるような男だ。
まったく、どいつもこいつも分かっちゃいない。だいたい弟との板挟みで苦しんでいたら弟が熱を出したと言って早退などしないし、弟との旅行中に鬼舞辻からの呼び出しに応じない。
鬼舞辻は黒死牟のサングラスを奪って
「お前、私に不満があるか?」
と聞く。すると黒死牟は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「……胃薬を処方されたと聞いたが?」
「……! はい……」
ほんの少しだけ嬉しそうはにかみながら黒死牟は続けた。
「………これでまた……辛いものが食べられます…」
「そうか。医者の言うことはほどほどに聞いておけよ」
黒死牟の答えに鬼舞辻は満足気にしながらサングラスを返して笑った。また七味唐辛子でも与えてやろうか、などと考えながら。