男は焦っていた。
眼の前には若く凛々しい佇まいであった筈の侍が膝立ちになって己の股間を真剣な面持ちで見つめている。
まるで精神統一でもするように目を伏せていて、意外にも長いまつげが震えているのが見える。体格に恵まれた彼を見下ろすことなど滅多にない。
彼は上目遣いにこちらをチラリと見て、ふいと逸らす。
「み、巌勝殿……」
情けなくも震える声に、件の侍――継国巌勝は悩ましげに眉根を寄せた。そして高く結われた髪を下ろしながら
「不快なら目隠しでもするか?」
と言った。
烏の濡羽色の艷やかな髪が彼の背に流れる様が、そして髪を耳にかける仕草が、いちいち目に毒だった。
男はごくりと生唾を飲み込む。その音がやたらと大きく聞こえた。
―――筋肉だるまの大男で鬼狩り屈指の実力派のこの侍が、なぜだか色っぽく見えてしまう、俺の目はどうかしてしまっているのかもしれない。
ちなみに、正確に言うならば“どうかしてしまっている”のは巌勝も同じであった。
三日前に遡る。
巌勝とその男は共同の任務に就いていた。その任務は水柱の管轄区域であるが、水柱が別件の鬼狩りで手が回らなくなってしまったため巌勝が応援として呼ばれたのだ。
巌勝の剣技は鮮やかであった。
素早く、確実に、そして苛烈に敵を葬る。男にとってその剣技はまるで雷にでも打たれたような衝撃であった。
問題が起きたのは鬼を倒した翌日の夜のことであった。男は酒の力を借りて巌勝に強さの秘訣を聞き出した。巌勝は最初こそ困惑気味であったが、男の熱心さに思うところでもあるのだろうか。真摯に男の質問に答えてくれた。
男と巌勝は酒を酌み交わしながら長い時間語り合った。
そして男は酔っ払った。
酔っ払った男は巌勝に「ところで、巌勝殿には良い人はいないのですか?」と聞いた。女なら誰しもがこの男に抱かれたいと思うのではないだろうか、いや、むしろ俺が抱かれたい。そんなことを思って聞いた。
「いや………そのような女はおらぬ。女はおらぬが………」
巌勝はうろうろと視線を彷徨かせる。それから切なげな顔を作り流し目を寄越して見せた。いやに婀娜っぽい仕草に男の心臓が跳ねる。
巌勝はふう、とため息をついて「よりいち」と熱っぽく呟いた。
「………え?」
「縁壱………あれは、房中術においても、秀でている………俺など足元にも及ばない」
「へ?」
「俺はいつも、あれに翻弄され………あろうことか気をやり……恥知らずにも我を忘れ……あれの性技に屈してしまう」
男は絶句した。
そんな男の様子に気付いていない巌勝はぐだぐだと赤裸々に双子の弟との性生活について語り始めた。
そして春画よりもよほど刺激的な語りは
「縁壱に勝ちたい………」
でしめられる。
耳まで真っ赤にさせ何も言えなくなってしまった男の頭の中は上へ下への大騒ぎである。
そして困惑しきったまま男は言った。
「鍛錬ですよ」
「……たんれん?」
「そう。剣技と同じ。鍛錬です。俺で鍛錬してみます?」
巌勝はこてん、と首を傾げて男を見やる。そしてパチパチと瞬きを繰り返し、きりりと凛々しい顔になって
「そうだな。何事も、鍛錬だ。お前には申し訳ないが、お前の摩羅を貸してもらえるか?」
と言った。
「よろこんで」
男は欲求に正直だった。
そして話は冒頭に戻る。
思えば、この時に酒を飲ませたのが良くなかった。いや、大正解だったのか。
男は眼下に広がる光景から目を離せない。
巌勝はとろとろとした目で、素早く、確実に、男の袴を脱がせる。こんなところまで巌勝殿は素早く確実なのか、と酒にやられた頭で男は感心した。
現れた男の逸物は、これからこの美しい人から慰めを受けるという期待で少しだけ頭を持ち上げている。
「私が、勃たせたかったのに……」
少し残念そうな声だ。低く落ち着いた声。甘さなど微塵も感じられない声。それなのに、いや、だからこそ男を酷く興奮させた。
「……しかし……ちいさいな。縁壱のはもっと……大きい」
不満げに唇をつきだす巌勝。グンと膨張する男の逸物。巌勝の冷たい視線が刺さる。
「も、申し訳ございません……」
「はあ……良い、良い」
巌勝は己の手のひらに唾を絡ませる。そして男の逸物にふっと息を吹きかけた。
「今宵は……口と……手だ。その………うしろは………縁壱に露見すると…厄介だから……」
ごにょごにょと顔を赤らめた巌勝はゴホンと咳払いする。
「では参る」
「は、はひぃ」
その夜から男は一人で射精できなくなった。
全部巌勝のせいである。
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