NOVEL short(1000〜5000)

蜜習い


 鬼に殺されたはずだった。

 鬼狩りに加わり鍛錬を重ね、痣者となりより多くの鬼を討伐していた。油断ではない。己の実力不足が招いたのだ。  
 巌勝は倒した筈の鬼が最期の足掻きと口から噴射した霧を浴びた。視界が真っ白になるさなか、剣を振るい鬼の首を落とすが血鬼術にかかってしまったらしい。  
 真っ白になった視界の端に己の姿を認めた巌勝は死を確信した。魂が体から離れていってしまったのだと思ったのだ。

 (走馬灯は見えぬのだな)  
そう思った。  
 巌勝の脳裏に浮かんだのは弟の縁壱はの顔だった。最期までお前か、と、巌勝は苦笑して意識を失った。

 そうであったからパチンと泡が弾けるように、己が縁壱の私邸――その中でもいっとう眺めの良い部屋にいることに酷く混乱した。  
 ぱちぱちと瞬きを繰り返し、自分が髪をほどき襦袢姿で座っていること、目の前には縁壱が臥せっており、キョトンとした顔で己を見上げていることを確認する。  
「………私は、死んだのではなかったのか?」  
思わず口に出た言葉に、縁壱がガバリと起き上がり巌勝の手を握る。そして良かった、と言う。分かりにくいが安堵しているのだろう。眉は下がり唇の端がほんの少しだけ上がり震えていた。

 巌勝は眉をひそめる。  
 明らかに記憶が飛んでいる。何らかの血鬼術によるものに違いないが、何故臥せっているのが己でなく縁壱であるのか。  
「……お前には迷惑をかけた。すまない」  
「そんな……」  
迷惑など、と言い募る縁壱を遮り、巌勝は  
「何があったか教えてくれるか?」と訊く。  
 縁壱は目を見開いてから、いつものような何を考えているのか分からない能面のような顔に戻した。  
 そして「血鬼術でございます」と言って頭を垂れる。


 縁壱によると、巌勝のかかった術は二人の人間の魂を入れ替える術であったそうだ。なんでも、巌勝が霧を被ったその時に縁壱と入れ替わっていたらしい。  
 縁壱が言うには巌勝は入れ替わった直後に気を失ってしまったのだという。巌勝の魂の宿った縁壱の体は術が解けるついさっきまで――三日間もの間、眠り続けていた。  
 一方、縁壱の魂の宿った巌勝の体は眠り続けることはなかったのだというから複雑な心地である。  
「一部の者しか術のことは知りませぬ。俺が倒れ、兄上が看病していると説明しております」  
「………お前が、私の振りをしたのか?」  
「僭越ながら」  
「勘付く者もいただろう」  
「いいえ。皆、巌勝殿は弟想いだと……俺は…こんな兄がいて幸せ者だと申しておりました」  
「それはお前が受け取るべき賛辞だ。それを私が奪うような形になってしまった」  
「俺は兄上の真似をしたのですよ。兄上ならこうするだろう、と…」  
(そんなことは、ない。お前は私のことを知らない……知らなさすぎるのだ。縁壱……)  
どことなく嬉しそうに微笑む縁壱の顔を見てこめかみが軋む。

 知らず歯を食いしばり俯きがちになる巌勝を見て、縁壱はするりと握っていた手を撫でた。  
「鬼は死にました。兄上はお気になさらず……あと二日は様子を見て、お休み下さい」  
そして、そっと手の甲に口づける。  
「このまま目覚めないのでは、と。………怖かった」  
 巌勝はためらいがちに縁壱の震える背を撫でた。  
「すまない」  
「謝らないで。でも、あなたを感じたい………生きているのだと…あなたの体に、あなたの魂がいるのだと…」  
縁壱は上目遣いに巌勝を見る。  
「おゆるしいただけますか」

巌勝は瞳を閉じる。  
「ゆるす」  
選択権など巌勝には与えられていない。ゆるしを求めているは己の方だ。そうとも思った。




\*\*

「やっ、あっ……ひぁ、あ、あ………」  
ひどく蕩けた顔で巌勝が喘ぐ。  
 仰向けに寝転ぶ巌勝はその裸体に月光を浴びて暗闇の中で浮かび上がっているように見えた。  
 縁壱は胸の尖りをコリコリと甘噛みしながら、三本の指を咥えてなお、ひくひくと収縮をする後ろの肉輪を親指でなぞる。  
「ひっ……あっ、へ、変……、へんだ、ちがう。こんなんじゃない…っ!」  
ぐねぐねと内壁がうごめき指を締め付け快感を得ようとする身体に巌勝自身が翻弄されている。

 縁壱は胸を解放すると  
「兄上は、貞淑なお方です」と言った。「…………………藪から棒になんだ」  
胡乱げな視線が巌勝から送られる。しかし縁壱は巌勝の警戒には気付かない。  
 気づかないまま微笑みを浮かべて言った。  
「いつも俺と目合う時には、苦しい、熱いと仰る。極める直前になれば、出る、だとか、来る、だとか……好いというお言葉を頂けなかった」  
 巌勝は思わず縁壱から目を逸らす。  
 しかしそれを咎めるように、くぱ、と三本の指により入り口が広げられた。じくじくと切なさが腰から全身に広がっているのだろう。巌勝が無意識に腰をくねらせるのを縁壱は熱っぽく見つめた。

「俺は………自分が下手なのだと……兄上にご奉仕を出来ておらぬと思い悩んでおりましたが」  
 巌勝がちらりと様子をうかがうと、縁壱は花がほころぶような笑みを浮かべていた。それを見て巌勝は全身の毛が逆立ったのが分かった。

 縁壱は巌勝の頬をなでながら  
「兄上が、あんなにも敏感でいらっしゃるなんて知らなかった……」と続ける。  
「ま、待て……お前、わ、わ、私の体に何を…!」  
ぽっ、と縁壱の頬が桜色に染まった。  
「いや、言うな。何も言うな」  
「……何も心配しないで。兄上にはより気持ちよくなって頂けますよう、励みますから……」

 本当は身体の昂りをおさめるために巌勝の身体を調べあげた。  
 入れ替わったその日の夜の事だった。縁壱は兄の身体の隅々まで触れた。知らぬ場所はないというほどまで。そして、熱に浮かされたような頭で思ったのだ。目覚めたらこの疼きを鎮めて差し上げなくては、と。奥の奥――此処まで、とへそのあたりを撫でながら。

「この縁壱にお任せください。兄上は、ただ、好いと……好いと縁壱のことを褒めてくださいね」
縁壱は指を引き抜き両手で腰を掴み、ちゅぷちゅぷと男根を入り口に押入れ遊ぶ。巌勝は身を震わせ両目に涙の膜をはった。
「お、おまえが……お前が、私のからだを変えたのだな……こんなの知らない。違う。ちがう……今までこんなの、こんなの……」

 縁壱は「俺があなたを変えたと言うならば」と言って涙を舐め取り頬に口づけた。
「それは素敵なことだ」
その言葉と共に巌勝の身体に己の熱を埋めた。奥の奥まで。

 甘い悲鳴が縁壱の鼓膜を震わせた。