回転する少女
縁壱の双子の姉は夢見る少女だった。
小学二年生の彼女の将来の夢は“お侍さんになる”ことだと鼻息も荒く語っていた。そんな姉を見るのが縁壱は好きだった。
ポニーテールにした黒髪がぴょんぴょんと跳ねるのを見ていると、お腹の奥のあたりで小さな小鳥が羽ばたくような気分になる。
「姉さんが日本一のお侍さんになるなら、俺は二番目のお侍さんになる」
縁壱がそう言って微笑むと、姉はなんとも言えない顔をしていた。
ぎゅっと手を握って上目遣いに様子をうかがうと、姉はその手を握り返し「じゃあ、縁壱も頑張らないとな」と言っていた。
縁壱の姉は秀才だった。
剣道を始めるとメキメキと頭角を現し、小学生の中では負け知らずだった。剣道にうちこみ、力をつけるのが楽しくて仕方がないといったふうであった。小学生六年生になるころには中学生の男子だって打ち負かしていた。
「さすが姉さん」
縁壱が誇らしげに言って笑うと、恥ずかしそうにはにかみながら「ありがとう」と言っていた。
縁壱は天才だった。
姉の真似をして、中学の部活に剣道部を選んだのだ。
彼は誰にも負けることがなかった。
縁壱の姉は、両親から剣道を禁止された。
きっかけは顔に傷をつけたことだった。それは通常の稽古ならありえない事故だった。
「誰にやられたの」
縁壱は聞く。
「お前には関係ない」
姉は言う。
「これは私の問題だ。お前は口を出すな」
取り付く島も無い口調に、縁壱はうつむいて黙りこくってしまう。
「姉さん。俺は姉さんみたいになりたくて剣道を始めたんだ。俺を助けてくれる姉さんみたいになりたくて」
だから、助けさせて。そう言いたかった。
しかし姉はそれを許さなかった。
「私なんかより、お前はずっと強くて優しくて、ヒーローみたいだろ」
そう言うのだ。
「あと、思い出したんだ。忘れてはならないことを。だからもう剣を持つことは出来ない」
苦しそうに姉は笑った。
その顔があんまり美しかったので、縁壱は立ち尽くしてしまった。
「何故、泣くのだ」
困ったように姉に言われ自分が泣いていることに気づいた。
剣道をやめた姉は今度はバレエにうちこむようになった。
縁壱にバレエのことは分からなかった。
姉は回転する。何度も回転する。ピルエットというのだと姉に教えられた。
ピルエット。姉は回転する。
ピルエット、ピルエット、ピルエット。
何かに取り憑かれたように回転する。幽鬼のようなその姿に縁壱は目をそらすことが出来なくなる。
姉は夢見る少女だった。
「中学から初めては、プロにはなれないな」
「そんなことないよ」
「ふふ……お前の楽観視は困ったものだ」
縁壱にはバレエが分からない。
姉が出ているから見に行く。姉しか目に入らない。
踊る姉は美しい。
舞台の上で微笑みながら回転する姉は世界で一番美しいと思った。
もう二度と失うまい。なぜだかそうも思った。