弟の尻を叩く話
巌勝は目の前の光景に目眩がした。
正座をした己の太ももの上で縁壱がうつ伏せになっている。それも尻を丸出しにして。
筋肉のついた尻は引き締まり、腰から背中にかけて覗く肉体は逞しく惚れ惚れするほどだ。しかし、褌をつけていない尻がででんと己の膝の上に載っているのはなかなか居心地が悪い。
悶々としていると縁壱が小さな震える声で「あの、恥ずかしい……です……」と訴える。
恥ずかしいのはこちらの方だ。そもそも「尻を叩いてくれ」などと狂ったとしか言いようのないことを言い出したのはお前の方だろうが。
巌勝はイラッとしながら「そうだな」と返した。
苛立ちのまま、右手を振り上げて勢いよく下ろす。
パシーン…と小気味よい音がなった。
「……っ、……」
「………………」
「も、もう一度……よろしいでしょうか」
「……………………………分かった」
目を覚ませ、と念じながら何度も振り上げては下ろし尻を叩く。
「ん……はぅ…っ」
「………………………………」
縁壱からうめき声が聞こえた気がして、手を止める。見れば尻が少し赤くなっていることに気がついた。
ほんの少し申し訳なくなり、ためらいがちに尻を擦る。触れるか触れないかという塩梅で。
「尻の穴を……、引き締めて……叩かれる瞬間にりきむ。そうすれば……痛みを感じにくい……」
何を教えているのだ、と思ったが、かつて父から折檻を受けた時のことを思い出したのだ。
「も……もっと……っ、もっと、もっと……や、やさ、や……」
――もっと、か……。
巌勝としては、全身の力を込めた訳ではない。そうではないが―――。
――私の力が弱い、と……そういうことか。
苛立ち紛れにもう一度、右手を振り上げて尻を叩く。続けて何度か叩く。
苛立ちを振り払おうと無心で何度か叩き続け、ハッとした時には縁壱の尻は赤く、後頭部からのぞく耳もまた同じく赤に染まっていた。
そして、太腿に当たる違和感に全身の毛が逆立つ。
「お前………まさか、尻を叩かれて…………勃った………のか……?」
その声は情けないことに震えていた。
「……………あ、兄上……」
「なんだその顔は」
くるりとこちらを向く縁壱の顔は、茹で蛸のように赤く、そして赤みを帯びた瞳はうるうると潤んでいた。
その目は見たことのある目だった。
主に、褥で。
巌勝の頭は咄嗟に逃げを打とうと逃げ道を探す。
だが、悲しい哉。彼の頭は“縁壱からは逃げられない”という結論を弾き出したのだった。