main(5000〜) NOVEL

ルナティック・スマイル


 そうだ。夜這いをかけよう。

 巌勝は天才的な閃きを得(たと本人は思い込んでい)た。

 巌勝が縁壱のもとに嫁いでから半年が経とうとしている。それなのに縁壱は手を出そうとしない。以前にその話題をふっても結局初夜には至らなかった。  
 それは何故か。

 己の魅力が足りないからか?  
 それとも欲がないのか?  
 はたまた――他で発散しているのか?

 三つ目の可能性に巌勝はブンブンと首を振り否定する。縁壱の不貞などありえない。考えることすら彼への裏切りだ。それに、欲が無いわけではあるまい。以前、うっかり縁壱が己の名を呼びながら自慰に耽る現場を目撃してしまったので、欲もあるし己がその対象であるのは間違いないだろう。

 では、何故……?

 そんなふうに悶々と考えていた巌勝は、天啓のように降って湧いた閃きに長く白い耳をピンと立たせ、瞳を輝かせた。

 何故、縁壱は手を出さないか。  
 それはつまり“待っている”からだ!

 間違いない、と巌勝は一人したり顔で頷いた。


 そもそも前世で睦言を交わしう時もそうであった。  
 口吸いも、手を握るのも、縁壱は非常に控えめであった。巌勝の小指をそっと握り、上目遣いに見つめる。小さな声な、しかし甘さをふんだんに含んだ声で「兄上」と口にする。  
 ここで無視を決めることもあった。そうすると縁壱は何も言わない。つまり選択権は巌勝に与えられていたのだ。
 しかし実際のところ、巌勝が縁壱を拒絶することは極めて稀なことだった。まるでそうしなければならないことであるかのように、巌勝は求められるがままに縁壱を抱きしめて口を吸っていた。
 巌勝から触れられて、ようやく縁壱は彼を思うままに触れるのだ。  
 一度許しを得た縁壱は時に激しく、時に穏やかに、巌勝を抱いたものだった。

 その時のことを思い出し巌勝は頬をポポポと赤らめゴホンと咳払いする。

 兎にも角にも。  
 おそらく縁壱は“待っている”のだ。  
 しかし、前世と違って今の縁壱はより直接的な感情表現を求める傾向にある。  
 ならば――――。

 巌勝はプルプルと白い尾を震わせてフンスと気合を入れる。現在時刻は午後三時。明日は休日。最近の縁壱の仕事はある程度余裕があるようだ。  
 善は急げ。準備に取り掛かろう。

「見ていろ、縁壱。私はお前から初夜を勝ち取ってみせる……そしてお前を啼かせてみせる……!」  
巌勝はぐっと拳を握り足取り軽く準備に取り掛かった。