ルナティック・スマイル
ああ、夢だ。
縁壱は思った。
夢を見ていると自覚しながら見る夢のことを明晰夢というらしい。
眼の前には男がいる。その身に月光をまとわせ、憂いを帯びた顔で藤色の刀を構える男。長い黒髪を夜に踊らせ苛烈な剣をふるう男。冴え冴えとした弓張月の下、冷たい美しさで縁壱を魅了する。
彼は巌勝だ。
あの巌勝の前世の姿に違いない。
異形の者を斬り伏せた巌勝は刀を鞘に納めると縁壱に気付き驚いたように目を見開いて駆け寄る。
「縁壱、お前……来ていたのか」
気配を消していのか、と動揺もあらわに視線を彷徨わせる兄の手を取り「お見事でした」と言う。
「兄上の剣は、美しい」
「――――お前の剣には敵わないさ」
「そのようなことはありませぬ。その…兄上の剣は、激しく、洗練されていて……そして…その……あの…」
口下手な縁壱は言葉を探すのに四苦八苦していた。貴方に相応しい言葉を持ち合わせていないことがもどかしい。そんな風に思っていると、巌勝がぽん、と肩を叩く。
「帰ろう」
「……! はい…!」
縁壱は歩き出す巌勝の後ろ姿を見つめ、ほぅ、と息をついた。
今すぐその身体を抱きしめたい――いや、抱きしめてほしい。その唇を味わいたい。身体をぴったりと寄せ合い体温を分かち合いたい。今日という日を共に生き延びたことを、同じ時を生きている幸せを感じたい。
………奥まで触れることを、この欲望を抱くことを、許してほしい。
縁壱は巌勝の後ろ姿に手を伸ばし、そしておろした。それでも諦めきれずに、巌勝の小指にそっと触れる。
甘えさせほしいと、伝わるだろうか。貴方に触れたいのだと、貴方が欲しいのだと、伝わるだろうか。受け入れてくれるだろうか。
心臓がバクバクとうるさいのをそのままにして、巌勝がこちらを向くのを待った。
この夢が醒めてしまったら全てを忘れてしまうだろう。ずっとそうだった。それが口惜しいと思った。
「兄上」
思いがけず必死な声が出てしまう。夢の中だけの逢瀬。
「兄上」
祈りを捧げるように、その言葉をうやうやしく舌に載せる。
「……ゆるす」
巌勝はそう言って振り返った。そして縁壱に近寄り、抱きしめる。
「兄上」
思わず熱っぽい声が漏れた。そして背に腕を回して耳もとで再度「兄上」と囁く。
巌勝は少しだけ迷ったように息をつめ、そして縁壱を腕の中から開放すると顎を優しく掴み、唇をあわせた。
縁壱は歓喜に身を震わせた。
すぐに唇が離れてしまうのが切なくて巌勝の後頭部を押さえ、再度唇を合せる。
舌を差し込めば咄嗟に逃げを打つ身体を抱きしめた。歯列をなぞり上顎を擽る。唾液を啜り、流し込み、舌を絡ませる。
夢中で腔内を貪り、最後にじゅううと舌を吸って唇を解放した。
巌勝は涙のはった瞳で喘ぎ喘ぎに「もっと?」と訊いた。
縁壱は「もっと」と返し、かぷりと耳を食む。耳の穴に舌を挿し入れぴちゃぴちゃと音を立てて甘えてみせた。
「もっと、です」
吐息まじりにささやくと腕の中の兄はぶるぶると震え始める。目を細めてそれを見て、縁壱は舌先で耳の入口をくるくると擽った。
「よりいち……」
堪らないとばかりに巌勝が声を上げるのを合図に、ぐちゃ、ぬちゅ、と、舌を中へ侵入させる。水音を立ててやれば彼は羞恥し、そしてそれを身体が悦楽に変えてゆく。悦楽を与えられ続けた巌勝はやがて恍惚としながら全てを縁壱に与えてくれるのだ。
縁壱はその過程がなによりも好きだった。
わざと水音を立てながら狭い穴に己のものを差し入れては抜き去り、また差し入れて遊ぶ。
「よりいち、たのむから」と舌っ足らずに巌勝が求めるまで遊ぶ。
――――ああ、幸せだ。目醒めなくてもいい。
――――否、鬼狩りなどせずともよい現実の世界ではこの人と俺は結ばれたのだ。現実の兄上に触れたい。
――――それでも、幸せな夢をずっと……。
――――目が醒めて、このしあわせな時間を忘れてしまうのは、あまりにも惜しい。
切なげに縁壱を求める巌勝の首筋に唇を落としながらゆっくりと腰に手を這わせ、そのまま前へと手のひらを動かす。たっぷりと耳から官能を与えられたせいで身体が欲を示しているのを自覚させるように、そこを撫でさすった。
「あ…あ………すまない………すまない…」
すまない、と繰り返す巌勝が愛おしい。その恥じらいを捨て去るその瞬間、縁壱はどうしようもなく興奮するから。
だが、急いてはいけない。
時間をかけて楽しむのだ。
結局、そのまま夜空の下で巌勝とまぐわった。後ろから抱きとめ、立ったまま。
腰をうつたびに巌勝が艶かしい声を上げる。その声が縁壱の耳を犯し狂わされていくようだ。脳みそがぐちゃぐちゃになって、身体が熱くて、息苦しくて、気持ちが良い。
体を支えるものもなく、自身の体を抱きしめる縁壱の腕に縋る巌勝に「きもちいい?」と訊く。彼からは言葉は返ってこない。代わりにきつく中が締まる。
「…ふふ………あにうえ、おれも、きもちいい」
多幸感に包まれながら、縁壱は腰の動きを早める。共に果てたくて、内部のいっとう兄の好む場所を欲の解放を待ち望む己の肉棒で可愛がった。
「あにうえっ、あにうえっ、もう…もう……!」
目の裏で星が飛ぶ。
ちかちか。きらきら。
ああ、これで、夢は終わってしまう。
切ない。切ない。でも、はやく、はやく。
縁壱の両目からぼろぼろと涙が溢れた。
――――ずっとこの人と愛し合えていたらどれほど良かっただろうか。今の瞬間がずっと続いてくれれば良かったのに。
縁壱は悦楽に喘ぎながら巌勝と共に絶頂に至った。
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「ん、う、あぅ…あぁああ! ……あ、あ?」
自分の声で目が醒める。
何かとても温かくて切なくて、大切な夢を見るていた気がした。
だが、それよりも何よりも。
「…………巌勝っ!」
「…ん、んぐ……」
下半身の違和感。
まさかと思っておそるおそる寝具をまくると巌勝が己の股間に顔をうずめていた。
小さな口いっぱいに己のペニスを頬張り、それでも咥えきれない竿を小さな手で懸命にしごきあげている巌勝。
何故かぶかぶかのシャツだけを羽織っているらしく、尻だけ上げるようにして這いつくばっているため腰回りでシャツが溜まっている。そこから白いふわふわのしっぽがプルプルと震えているのがなんとも幼気なだけに、いやらしい。縁壱の顔面に血がのぼる。
「うぐぅ」
頬張ったままチラリと上目遣いで様子をうかがう巌勝の姿は、目覚めたばかりの縁壱には刺激が強すぎた。縁壱はなんとも言えないうめき声を上げて思わず天を仰ぐ。
「ん、んむ……驚いたか。そうか、そうだろうな。しかし…ふふふ。身体はずいぶん正直ではないか」
そんな縁壱の様子によほど満足したらしい。巌勝はずいぶんと得意げだ。得意げに、女を手篭めにする悪役のようなことを言っている。
「な、な、な、なに、何をしている!」
「何って………夜這い…?」
「よ、よば……っっ、っ」
「からの、口婬?」
「こう…こうい…こうい、ん……」
「…ああ、地球ではふぇらちお、と行ったほうが分かり良いのか?」
「〜〜〜っっっ!!」
コテンと小首をかしげてサラリととんでもないことを言う巌勝。ちなみにカタカナにすれば分かりやすいという事ではない。
「そのシャツは……」
「これか? これはな、インターネットで調べたのだ。伴侶のシャツ一枚を羽織るというのが夜の誘いの作法だと知ってな。………しかし、お前のシャツだと些か大きすぎた」
悔しさを滲ませながらシャツを引っ張る巌勝であったが、一転。
「今日は私が奉仕してやるから」と言い放った。その微笑みはあまりに淫靡で、逆らうことを許さぬ力を持っていた。
縁壱が息を呑み固まっているうちに巌勝はぱくりと亀頭を咥える。上顎でこりこりと先っぽを刺激し、かと思えばねっとりと舐め回された。
腰がとける。縁壱は歯を食いしばって快楽に堪えたが、ガクガクと内腿が震えてしまうのが押さえられない。
その様子に巌勝はニィと瞳を三日月の形にさせて笑い、ジュッと勢いよく吸いちゅぽんと口から解放する。
あと一歩だったのに、と縁壱は無自覚に宙にむかってへこへこと腰を振ってしまう。
「み、みちかつ」
助けを求めるように名を呼ぶと、巌勝は竿に伝う先走りを舌でなめすくって「んー?」ととぼけたような返事をした。
「ふふ……ずっと私に手を出さなかったのは、こうされたかったからだろう?」
そう自信有りげに言い、袋をにぎにぎと揉んでくる。
縁壱はあまりの快楽にツウと鼻血を出した。
何言ってるんだこの淫乱うさぎ、と、彼らしくもない罵倒が頭をよぎるがそれに気づかない様子の巌勝は再び口を大きく開けて、喉の奥までペニスを咥えられ、そんな罵倒も消えてゆく。
「で、出る…! 出る!」
「ふぁひへいいほ」
「咥えたまま喋るなぁあ」
射精感が高まる。出る。出てしまう。もう出しちゃって良いのではないか。だって巌勝も出していいと言ってるし。そもそも襲ってきたのは巌勝だし。
縁壱の脳内で本能が誘惑する。
「っっ、でも! やっぱり、だめだ……っ!」
しかし縁壱はかろうじて理性に従って咥えるのをやめさせた。流されても良いのでは、と囁く本能と攻防しながらなんとか理性に従ったのだ。まだ身体が成長しないうちは負担をかけてしまう、そう、これは巌勝のためなのだ。
縁壱は慌てて巌勝の顔を掴んでむりやり口から昂ぶりきった己のペニスを抜き去る。それゆえに、巌勝の顔を股間から引き離すのその手はやや乱暴になってしまったことは否めない。
残念ながら、結果的にはそれが良くなかった。
「ぅ……っ!!」
小さな口からぼろんとペニスが取り出された時に、巌勝のまろい頬に亀頭がズルンと擦れたのだ。
その瞬間に欲が爆発した。
あと一歩が堪えられなかった。びゅるると白濁がとび、幼さの残る巌勝の顔面を汚しながら頬を伝っていく。
「………すまない」
呆然とした様子の巌勝に罪悪感が募る。同時にあまりにいやらしい光景に懲りずにペニスが膨らんだことに泣きたくなった。
もはや半泣きで「うう……」と縁壱は呻くが、巌勝は追い打ちをかけるように「よいしょ」と縁壱の腰に跨るように座り「よしよし…」と頭を撫でる。
「泣くな泣くな。いっぱい出て、びっくりしたのだな。兄さんが悪かった。もっとゆっくりシてやればよかったな。意地悪が過ぎたな」
違う、そうじゃない。そう思うが、巌勝はぺろぺろと縁壱の涙を舌で舐め取り(巌勝の口が青臭くて更に涙が出た)、クマ耳の付け根を撫でる。
「あぅ!」
「ふふふ。日羆族はここを按摩されると気持ち良いと聞いたからな」
こすこすこすこす、と耳を刺激される。
普段だったらリラックスできたと思う。巌勝に頭を撫でてもらって、耳をマッサージしてもらって、極楽にいるような気持ちでうたた寝したに違いない。
しかし今は違う。耳からの刺激はそのまま婬欲となり腰に血を集める結果となった。
そして今、巌勝が腰に跨っている。
勃ちあがったペニスの先が擽ったい。
この感触は、尻尾だ。
あの白くてフワフワで、愛くるしい巌勝の尻尾だ。
想像するだけで目眩がする。
「……今、兄さんがなんとかしてやる」
巌勝の笑顔に縁壱は口の端をヒクつかせた。
今夜は搾り取られる。間違いないだろう。
縁壱は巌勝が会陰と小さなペニスの裏筋で勃起した己のそれを奉仕すべく腰を振り始めるのを、そしてそれに合わせて白くて長い耳がぴょんぴょんと跳ねるのを、まるで処女を奪われる生娘のような心地で享受したのだった。
一方、巌勝はその晩に、精通していなくとも官能を詰め込まれると絶頂するのだ、ということを身を持って知ったのであるが――それは別の話である。