明治☓☓年に消えた■■村という村の話です。
その村では旱魃が続いて村外れに住む少女の“うた”が生贄にされてしまいました。彼女は湖に落とされ、次の日の朝から村に雨が降り村は救われました。村人たちはその娘に感謝し墓を立てて花を供えました。
しかし、彼女の唯一の友人だった少年――縁壱は違いました。彼はうたを湖に沈めた村を何度も何度も焼こうと思いましたが、結局そうしませんでした。理由は分かりませんでした。縁壱はただ呆然と彼女の住んでいた家に訪れては誰もいないことを確認して項垂れるのです。
その数年後、村に東京の学校に進学していた村長の息子、巌勝が帰ってきました。彼は縁壱の双子の兄でした。
縁壱は跡目争いになるために双子であることを隠され山奥の樵の息子として育てられました。しかし、巌勝の方は自分の双子の弟の存在を知ってから度々山に遊びに来ていたのです。縁壱は自分のことを気にかけてくれる兄が大好きでした。それは七つの時まで続きました。
それから今まで兄弟が顔を合わせることはありませんでした。縁壱は彼が東京に出たということすら知りませんでした。
さて、縁壱は成長した兄の姿を見てなぜ自分が村を焼かなかったのか知りました。この兄のことを深く愛していたからです。兄はこの村の村長の息子です。その村を焼くことはどうしても出来なかったのです。
縁壱は考えに考え、側で兄を支えることを決意しました。巌勝は突然姿を現した縁壱に驚いたようでしたが側にいることを許してくれました。
ニ年ばかり、縁壱にとって幸せな日々が続きました。
しかし巌勝が帰ってきて三年目、再び旱魃が村を襲います。
今度は、巌勝が生贄となることが決まりました。
縁壱が理由を村人の一人に問い質すと、兄が「生贄など馬鹿馬鹿しい」と一蹴したからだと言います。このような者が村を治めようとした祟りなのだとされたのだそうです。
巌勝は新月の夜に生贄になるために湖に連れて行かれてしまいます。縁壱は嘆き悲しみました。
そして迎えた新月の夜。巌勝は本当に湖に落とされてしまいました。縁壱は村人に気付かれぬように闇に紛れ湖に飛び込み巌勝を助け出しました。
山小屋に連れ帰った巌勝は意識を取り戻し「とても寒い。火を燃やしてくれ」と言います。
「大きな炎が良い」
そう口にする兄を抱きしめ、縁壱はさっそく松明を持って山小屋を出ました。
そして真っ直ぐ村に向かい火を放ったのです。
不思議なことに炎は大蛇のようにうねりまたたく間に村のすべてを覆い尽くしました。
それを見た縁壱は巌勝の元に戻り、炎のよく見える場所に連れていきます。
「兄上、暖かいですか?」と縁壱は聞きます。
「炎が綺麗だ」と兄は答えました。
縁壱は嬉しくなって兄に口づけました。そして兄を抱き上げて山の奥に姿を消したのでした。
めでたしめでたし。