NOVEL short(1000〜5000)

救われえぬ男たち


 巌勝は鼻で笑う。
「随分と必死じゃないか。なあ、日柱様?」  
「……っ、あ、兄上がっ、その……あの…。……兄上の、せい……ですっ」  
声を震わせ、ぎゅっと拳を握り、唇を真一文字に引き締めて必死にこちらを見る縁壱。彼の瞳は縋るような、いっそ哀れを誘うような色をしていた。本人は睨みつけている心算でいるのだろうから滑稽だ。
 巌勝のその身体中には縁壱の独占欲の跡が凄惨に刻まれていた。


 女を抱いた。気まぐれだった。
 女は縁壱に恋をしていたが、縁壱が女にその想いに応えることない。女もそれを承知していた。だから「慰めてくださいまし」と巌勝に救いを求めた。
「縁壱のふりをしろと?」と巌勝は問う。
「縁壱さまが貴方を抱いているように、抱いてほしい」と女は言う。
「一度で良いのです。あの方は決して私のことを見てくださらないから」
 哀れで愚かしい女。巌勝は彼女を抱いた。
 縁壱が己を抱くその時のことを思い出して体を熱くさせる浅ましい身体に嫌悪しながら、まだ縁壱以外ともまぐわうことの出来る身体に安堵する。
 まだ、大丈夫。まだ、己はすっかり縁壱のものになっているわけではない。大丈夫、大丈夫………。

 そうして虚しい夜を過ごして迎えた朝、隣に女はいなかった。
 代わりに幽鬼のような顔をした縁壱が見下ろしていた。縁壱は「どうして」と呟く。
「どうして、とは?」
「おれにはあなたしかいないのに、どうして」
「私にはお前以外にもいた。それだけだ」
にやりと、笑う。巌勝は意図して挑発した。
 そして、縁壱は顔からごっそりと感情というものを落として、ならば、と低い声を出す。
「ならば、おれだけにする」
―――ああ、怒ったのか。お前。怒ることができるのか。
 乱暴に身体を押し倒されながら巌勝は思った。
 そして、抱かれた。



 己に刻まれた跡を見て、巌勝は哀れな縁壱をより愚かしく哀れにするべく、頬に手を添えてそっと接吻をした。
「あにうえ?」
たどたどしい言葉。
「意地悪をした。兄さんが悪かったよ」
縁壱の唇を親指でなぞりながら巌勝は囁いた。
「どうしたら許してくれる?」
もう一度、接吻をして、最後に唇を噛んだ。
「彼女の寂しさを埋めてやりたかった。でも、お前のことを考えてやれなかった」
「そんな……良いのです。おれがわがままを言った。兄上は、悪くない。おれが……悪いのです」
だけど、と縁壱は、今度は夢見るような目で巌勝を見る。
「だけど、おれも寂しかった。おれを見て。兄上。おれだけを……おれには兄上しか要らないから。兄上もそうなって」

 ぞぞぞ、と全身の毛が逆立つ。
 歓喜か、恐怖か。

 巌勝はそれを隠して微笑みを貼り付ける。
「かわいい私の弟。お前がそう望むのなら、兄さんはそうする。……いや、そうなるように、できているのさ」

―――哀れな弟。愚かな兄。似合いの二人だ。
 嬉しいと笑う縁壱の頭を撫でながら、巌勝は自嘲した。