恋する金魚
歯医者に行きたいと縁壱は言った。
歯が痛むのだという。いつも歯を磨くように言っているのに、虫歯だろうかと首を傾げると、石を噛んでしまったのだとか。
「食べ物を食べるときはゆっくりと、口に入れてから、食べ物かどうか確かめるんだぞ。慌てるからそういうことになる」
巌勝は言う。
縁壱は少しだけ眉を下げて「はい」と、とても小さな声で返事をした。
縁壱は真っ赤な金魚である。
巌勝自慢の尾びれを優雅にたなびかせる美しい炎の金魚。小高い丘の上に一人で住んでいると思われている巌勝の秘密のペットであり同居人であり、唯一無二の弟。
そして縁壱は巌勝に恋をしていたので、そこに「恋人」を加えたいと目論んでいた。
「骨にじんじん響くのです」
縁壱は眉を下げて訴える。
「骨って……どこの」
「背骨の部分」
巌勝はちょいちょいと手招きをする。それを見た縁壱は褒美を待つ子供のように瞳を輝かせて近づいた。
「よーし。よし、よし」
子供にするようにあやされながら背を擦られ、縁壱は顔を真っ赤にさせてうつむいた。
ムズムズするような心地だ。
「兄上」
「なんだ」
「好き」
「そうか」
「うん」
今、金魚鉢に戻ったら、水がお湯になるかも。縁壱はそんな馬鹿げたことを思いながら、いつの間にか歯の痛みを忘れていた。