BOW WOW,BOW WOW
「カードゲームをしよう。負けた者は罰ゲームとして一日イヌになるのだぞ」
そう兄が言った。
カードゲームには負けた。俺は兄のイヌになった。
あれよあれよと言う間に首輪を着けられ、兄の膝枕で横になり、頭を撫でられる。
「あ、兄上……?」
俺が思わずハッとなって声を上げると、兄は人差し指を俺の口もとに当てて「しー」と囁いた。
三日月のように弧を描く兄の目の奥には不思議な炎が宿っている。その炎をみとめて、思わず亀みたいに首を竦めた。しかし目が離せなくなってしまう。
兄は不思議な人だ。
兄がちょっと俺に微笑んだりそっと手で触れたりするだけで、俺は魔法でもかかったみたいに口を閉ざして兄しか見えなくなってしまう。
そればかりか兄がたった一言でも言葉を口にすれば“イヌになれ”なんて命令されなくたって、俺は従順なイヌになる。そんな不思議な力を持つ人なのである。
さて、そんな兄であるが、今日の兄は些かご機嫌斜めの様子だ。どこかピリついた空気なのである。そんな兄がイヌを欲しているということは癒やしを求めているということに違いない。つまり俺がすべきことはイヌに徹するということだろう。
俺は同級生の飼っていたゴールデンレトリーバーを思い出してみる。
「………」
「っ、わ…縁壱……」
髪をふわふわと撫でてくれる兄の手のひらに無言でぐりぐりと頭を押し付けてみる。兄は驚いたような声を出すが、すぐに嬉しそうに「ふふ」と笑って撫でてくれる。
気持ちがいい。
「ん…兄上、おれ」
「こら。お前は今、俺のイヌなのだから人間の言葉を話すな」
意地悪く兄が言う。ふにふにと俺の唇をなぞり、うっそりと笑って。
顔に血が集まり心臓がうるさく鳴った。こういう時の兄は俺のことを誘っていると思う。けれど、俺が手を伸ばすとスルリと逃げてしまう。からかわれているのだ。
「……わん」
「なんだ?」
「わんわん。わん」
俺は、兄上のお気持ちは晴れましたか、というつもりで鳴いてみる。
「そうかそうか。撫でてほしいのだな。よしよし」
兄には通じなかったようだ。
「はぅ…ぁ……わん」
しかし、顎の下を擽られ、むずがゆさに思わず目を細めて鳴いてしまった。
兄はくすくす笑って俺の耳をカリカリする。俺の弱点が耳であると知っての行為である。
「かわいいなぁ。かわいいなぁ」
うっとりとした声。耳からじわじわと広がるむずがゆさ。
俺はたまらなくなって兄の腹に顔を埋めて大きく息をして、そして顔の向きを変えて兄の手を掴みぺろりと舐めた。「んっ」という兄の色っぽい声に、やっぱり誘われてるのかも、と思う。
ぺろぺろ、じゅるじゅる。
棒付きキャンディを舐めるみたいに指を舐める。指の根元から先っちょまで舌で舐めあげ、口に含む。顔を動かし唇でしごくようにしながら唾液をたっぷり絡めながら、じゅぷ、と音を立てて味わった。
「ん、んむ……ん、ん、………っ、ん゛ぐっ!」
夢中で指をしゃぶっていると、不意に首が締まり、慌てて口を離して息をするはめになる。兄が俺の首輪についているリードを後ろに引いたのだ。
兄の様子を伺えば、なんともまあ、煽情的な顔をしている。誘われているに違いない。
「わん」
俺はひと鳴きして、今度は兄の足の間に身体を滑り込ませて押し倒し、首筋から耳にかけてをペロペロと舐める。兄の弱点が耳だと知っての狼藉である。
ああ、ダメ犬な俺は兄上からお仕置きされるだろうか?
想像して背筋がゾクゾクとした。口の中に唾液が溢れ、それを兄の耳穴に舌と一緒に入れてやる。思ったとおり効果は抜群で、耳元では俺を誘う兄の鳴き声が聞こえてきた。
再び、ぐいっと首輪が後ろにひかれ、喉が締まる。同時に股間に重い痛みが走り呻き声をあげてしまった。兄が足で俺の股間を蹴ったのだ。
「飼い主に向かって勃起させるなど、とんだダメ犬じゃないか。なあ?」
ぐりぐり、と、脛で虐められる。
痛い。
痛い。
そして、とても、キモチイイ。
俺は「わんわん」と鳴いて、兄に訴える。
「なんだ、調教してほしいのか?」
兄は嗜虐的に笑って、今度はうってかわって足の甲でさわさわと股間を撫で擦られた。
その時、俺はピンときた。
兄は、今、ダメ犬にめちゃくちゃに犯されたい気分なのだ。ダメ犬を調教すると言いながら、俺に首輪をしっかりつけてリードを手にしながら、理性がぶっ飛ぶぐらいに、俺に抱かれたい。そうに違いない。
俺は賢くて御主人様に忠実なイヌであるので、思うところを察知し先回りできるのだ。どれもこれも、御主人様に喜んでもらうため、そして御主人様に褒めてもらうためである。
「ほら、ごめんなさいの『ワン』は?」
目を三日月にさせて、うるうると潤ませた兄が、高飛車に俺に命じる。そして己の唇をぺろりと舌で舐めてにやりと笑った。
ああ、そんな、露骨に誘うなんて!
俺の考えは確信に変わる。やっぱり兄は今、ダメ犬の俺にめちゃくちゃに抱かれたいに違いない。ならば、俺のなすべきことは、容赦など一切せずに俺の欲望を兄に叩きつけることだろう。
俺は、全て分かりました、というつもりで「ワン」と鳴く。
さあ、忠実なイヌの努めを果たさねばならぬ。
全ては俺の大好きな御主人様のためであるのだから。
俺は大きな口を開けて、兄にかぶりついた。
ああ、満足していただけると良いのだが!