初恋
初恋は兄だった。
自覚をしたのは母の葬儀の日のことだったと思う。
縁壱はその時のことをよく覚えている。
その時、縁壱と兄――巌勝は二人してだだっ広い控室に立っていた。
巌勝は所在なさげにうつむき、縁壱は片手をポケットに突っ込んで兄の横顔を見つめていた。ポケットの中にあるのは今際の際に母に渡されたお守りだ。その母の形見を握りながら、反対の手は兄の小指を掴む。幼い二人はぴったりとくっつき小さくなっていた。
縁壱、と巌勝が己を呼ぶ。巌勝は縁壱の顔を見据えてキュッと唇を真一文字に引き結んでいた。
「怖くないか」
縁壱はふるふると頭を振る。
「寂しくはないか」
縁壱はちょっと考えて「兄さんがいるから」と言う。
「……そうか」
巌勝はまた俯いてしまった。
縁壱は巌勝の横顔に焦って「でも」と口を開く。巌勝は再び縁壱の顔を見る。己を見やる巌勝にホッとすると同時に、むくむくと湧き上がる感情。胸の奥でうさぎが跳ねているような、それでいて喉が詰まるような、そんな感覚になる。
「今日は……一緒に、寝てほしい」
なんとか絞り出した声。キョトンとした兄の顔に恥ずかしくなって、今度は縁壱が俯いてしまった。
一緒に寝て、だなんて、兄さんから赤ちゃんみたいだって思われたかな。嫌われちゃったかな。でも一緒に寝てほしい、側にいてほしい。
すると、巌勝が名を呼んだ。
「顔、上げろ」
とても優しい声に導かれるように顔を上げると、眼の前に影が落ちる。
同時に、唇に柔らかい感触。
キスされたのだ。
「大丈夫。ここにいるから。兄さんは縁壱の隣にいるから」
そう言って巌勝に抱きしめられた。
その時に縁壱は恋に落ちていたことを知った。