蜜醒
生まれ変わった縁壱に前世の記憶はなかった。天命を与えられなかったため痣を持つこともなく、忌み子と呼ばれるはずもない。幸運なことに縁壱は両親に祝福され、愛され、すくすくと育った。同時に巌勝もまた祝福され、愛され、自由にのびのびと育った。
マイペースでおっとりとした縁壱と、しっかり者でせっかちな巌勝。二人は仲の良い双子の兄弟だった。
さて、その縁壱であるが、実のところ彼は双子の兄である巌勝に恋をしていた。家族として愛しながら、性欲を向ける相手としての恋をしていたのである。
一時期は実の兄に向けるにはあまりにも禁忌と言うべき感情に思い悩むこともあった。夜ごと夢の中に現れる妄想の巌勝に翻弄され、朝になると汚れた下着を見て己の若く欲に素直な身体を恨んだ。
しかし紆余曲折あって巌勝も同じ感情を抱いていると知り、晴れて二人は結ばれた。
一度は墓まで持っていくと誓った恋心。捨ててしまえたらどんなに楽だっただろうと思った恋心。それをお互いにさらけ出したのだ。
ちなみに巌勝はさらけ出すまでに八回ほど縁壱の前から姿を消し、縁壱は五回ほど自力で兄を連れ戻し十七回この兄を監禁してやろうかと思った。
閑話休題。
思いを通じ合わせることができた二人は禁忌なんて言葉に唾を吐き大声で嘲笑うかのように激しく性欲をぶつけ合うように愛し合った。
縁壱はとても幸せだった。
しかしその蜜月もたった一週間で終わりを告げる。
冗談のような本当の話、彼らは前世でも双子で、刃を交えた仲――ついでに言えば身体も交えた仲だったことを思い出したのだ。それを思い出したのはまさに二人がセックスをしている最中のことだった。
その時の巌勝はソファに座る縁壱に向かい合うようにしてまたがっていた。後ろの窄まりにみっちりと縁壱のペニスを銜え、あられもない喘ぎ声をあげてながら腰をくねらせ快感を追っていた。
縁壱は下から突上げるように巌勝を攻めたてながら肩口に噛みつき、舐めあげ、キスをする。腰を掴んでいた手のひらを背に回せば、それに呼応するように巌勝はびくびくと震え同じように縁壱の背に腕を回した。
巌勝のとろとろと快楽に蕩けた瞳にうつるのは同じく快感に蕩けた己の姿。唾液をこぼしながら嬌声をあげる巌勝に頭が馬鹿になっていく感覚があった。
彼らはたった一週間でお互いの身体を躾けあってしまったらしい。巌勝は平生の彼からは想像もつかない程に淫らな喘ぎ声をあげ、どこもかしこも敏感になっていた。縁壱は巌勝の全てを食らいつくさんばかりに欲望をあらわにしていた。
二人揃って欲望を抑えきれなくなって、ところかまわず盛っているような、そんな蜜月だったのだ。
縁壱の動きに合わせるように腰をくねらせて快楽を追っていた巌勝はやがて腿を震わせ「よりいち、よりいち」とうわ言のように名前を呼び始めた。同時に縁壱のペニスを包む肉癖はうねうねとうごめき射精へと導こうとする。もうすぐ絶頂がやってくるのだろう。
縁壱はそれに応えるように突き上げを激しくした。
淫らな水音、肉を打つ音、そして喘ぎ声に脳みそがとけていくような感覚。何も考えず、ただただ快楽のみを貪り求める瞬間。
やがて巌勝は背を弓なりに反らせながら体をビクビクと痙攣させる。その瞬間に肉壁が縁壱のペニスを搾り取るように締め付けた。
縁壱は歯を食いしばってその波を遣り過ごし、呆けたままの巌勝を抱きしめる。
脱力し縁壱の肩口に顎を載せた巌勝の耳をかぷりと噛む。そしてぴちゃぴちゃと音を立てるようにしながら耳の穴に舌を挿しいれる。
「ひぁ……ぅ、あ……」
巌勝は小さく喘ぎ、もどかしそうに腰をもじもじと動かし始めた。
「ん……縁壱……」
非難がましい巌勝の声。
しかし、それとは裏腹に、未だ縁壱のペニスを銜えた彼の内部は耳からの快感に素直に反応して柔らかく締め付ける。
「にいさん……まだ、おれ、イッてない」
縁壱は甘えるような声で強請り、ぐちゅ、と中をかき混ぜはじめた。
「待てっ、まだっ、イッたばっかり……だから……! あ゛ぁっ!」
縁壱は巌勝を抱きしめ、じゅぷ、じゅぷ、とゆっくりと中を掻き混ぜる。絶頂の余韻でびくびくと痙攣する肉壁が気持ち良い。兄さん、と呼ぶと、キスをされる。
やがて巌勝は甘い声を上げて二度目の絶頂を迎えた。ぎゅううと中が締まり、射精感が高まる。
その時だ。
突然に巌勝が縁壱の顔を掴みまじまじと見つめた。
「……兄さん?」
縁壱が呼ぶと、巌勝は掠れた声で「よ、よりいち……?」と返す。
「え? あ? ほんとうに、よりいち……なのだな……?」
呆然としたような様子に、兄さんイきすぎて頭おかしくなっちゃったのかな、とコテンと首をかしげる。そして油断しきった巌勝の腰を掴んで奥を勢いよく突いた。
「っあ゛っひっ、い゛ッ……〜〜っ?」
再び巌勝が縁壱の肩口に顎をのせる。そして縁壱は勢いよく奥を突いた。ショックで元に戻ると思ったのだ。
しかし巌勝はあろう事か「やだ、やめ……やめろ!」と拒絶の言葉を紡ぐ。
逃げを打とうとする巌勝の腰を慌てて掴み縁壱は「どうしたの?」と問う。彼からそんな言葉を聞くのは初めてだった。
―――否、正確には初めてではない。
“前回”を思いだし、縁壱は思わず唇を三日月の形にさせる。
「…………ふふふ。兄さん。良い趣味をしている」
「は………ぁ、……? え……?」
縁壱はふふんと得意げに笑い「俺は全部わかってますからね」と言って、ぐるんと体勢を逆転させた。
「っっっ?!? あ゛ッ! 〜〜っ!」
絶頂を迎えたばかりの内部をぐるりと抉られ暴力的な快感を与えられた巌勝は三度目の絶頂を迎える。ただし、性器は縁壱にはきつく握られ射精をすることは許されない中での絶頂だ。
びくびくと痙攣が収まらないままの巌勝の様子に「ふふ」と笑う。
「よ、よりッ……い゛ッ! よりいち! も、や……いやだ……!」
巌勝はバタバタと暴れるが、縁壱はその上に伸し掛かり抵抗を抑え込む。そして彼の性器をじゅこじゅこと激しく扱き上げた。同時にばちゅんと最奥の壁を何度も抉る。
巌勝の叫び声を聞きながら何度も何度も最奥を抉った。
「酷くッ……されたいのでしょう?」
「や゛、ぉあ゛、あ゛っ、〜〜っっ!」
「そういうッ、プレイ、を……ッ、う゛……、お望みなら……付き合ってあげますよッ……!」
前回、彼が“拒絶”を口にした時には彼自身が“そういうプレイ”を望んでいた。だから、敢えて激しく苦しいセックスをした。行為が終わって、巌勝は苦しいのがイイのだと婀娜っぽく笑っていた。
だから、今回もきっとそうに違いない。
違う、違う、と真に迫った巌勝の叫び声にひどく興奮する。
そして縁壱は遂に再奥の壁をこじ開けて性器をはめ込ませる。同時に巌勝の性器の先、鈴口を爪で抉り彼を強制的に絶頂へと導いた。勢いよく出たのは精液ではない。巌勝はサラサラとしたもの――潮を吹きガクガクと腰を跳ねさせる。その巌勝の姿を目に焼き付けながら、縁壱もまた絶頂に至る。
目の奥でチカチカと火花が散り、多幸感に包まれた。眼の前が白くなって、頭がふわふわと雲の中にいるようで、まさに天国に昇るような心地。
「?! ッ〜〜?! あ、兄上?!」
そして同時に前世の事も思い出した。
「……はよう、ぬけ……ッ」
「も、申し訳ありません!」
慌てて性器を抜くとポッカリと口を開けた巌勝のそこはヒクヒクと切なさを訴えながら縁壱の吐き出した精を垂らす。その様を見てうっかりと縁壱の性器が上を向くが、それよりも何よりも。
「お前、記憶は?」
「えっと……その……さきほど」
「……私もだ」
そう言う兄の瞳は酷く虚ろだった。
がらんどうのその瞳を見て、縁壱の頭が真っ白になる。また彼を失うのではないかという恐怖。
「縁壱おいで」
兄が言った。
「っ、はい…!」
うっそりと笑う巌勝は、しどけなく両足を開いて白濁の垂れるそこを見せつけた。
「兄さんと、もう一回シよう?」
目の前が真っ赤になる。兄を抱きしめキスをして、奥までペニスを沈めた。身をくねらせながら快感を享受する巌勝の肉壁は、より多くの快感を得ようとペニスを締め付けしゃぶる。奥に引き留めようとする壁を振り切ってギリギリまで抜き、そして勢いよく埋める。それを何度も繰り返した。
巌勝の喘ぎ声はとても甘い。それに混ざる肉を打つ音、己のうめき声。
プツンと音がした。つう、と鼻から血が垂れる。それを兄がべろりと舐めた。
「甘い。あまいなぁ。お前の血は」
目を細める兄。
―――奪われてなるものか。
縁壱は巌勝の口を喰らった。呼吸さえも奪うように、唾液を飲み、飲ませ、そして同時に兄の奥で幾度目かの絶頂を迎える。巌勝の感じ入った声に満たされた。
巌勝の内壁は叩きつけられた欲望を飲み干すように蠕動し、縁壱を喜ばせる。塗り付けるように腰を回してやれば巌勝の口から嬌声が漏れた。
「あにうえ。愛しています。今も―――それから、昔も。ずっと。もう離しませんから」
唾液でベトベトになった兄の唇を舌で舐め取り、絶対に離さないと誓う。すると、彼はわらって言った。
「お前は、そんなこと言う男だったのか」
その翌朝、巌勝は縁壱の前から姿を消した。