NOVEL short(1000〜5000)

醒めない夢を見たい


 かくん、かくん、と目の前の小さな頭が揺れる。縁壱は胡座をかいて座る巌勝の後ろに座り彼の髪をとかしていた。揺れる頭に縁壱はその手を止めて「眠いのですか?」と訊く。すると「すこし」と珍しく素直な答えが返ってきた。
「もう、いいだろう?」
面倒くさそうな巌勝の声に「駄目」と言って、縁壱は再び手を動かす。
「長い髪でもないのに、そんな丁寧にとかすことないじゃないか」
呆れたような巌勝の声は甘くむずかるような響きを持っていた。
「おれが、したいから……それでは駄目ですか?」
縁壱は甘えるように問う。そして、ちゅ、と小さな巌勝の頭に唇を落とした。

 縁壱は大学二年生。そして巌勝は小学校五年生。かつての兄は己よりも産まれるのが遅かった。くわえて彼らは同じ両親のもとに産まれることもなかった。今生の彼らは従兄弟同士である。親戚からの信頼の篤い縁壱は週末になると巌勝をたびたび預かる。その日もそうだった。

「お前はいつも私の髪をそうやって――穴が空くほどじっと見つめていて……一度なんて、お館様からからかわれてしまったのだぞ」
「………そうでしたか」
 巌勝は前世の記憶がまだらだ。年相応にお前だけが歳上でズルい、と頬を膨らませたかと思えば、老人然としながら沈痛な面持ちで、愚かな兄を許すな、と言う。きっと今は、ともに鬼狩りをしていた記憶しか持っていない。巌勝は魂が酷く不安定なのである。そんな小さな兄を――腕の中にすっかり収まってしまうほど小さな兄を庇護するのは、縁壱を酔わせた。甘い毒のような痛みを伴う快楽だ。

「……さあ、終わりました」
すっかり兄の髪を梳かし終えると、縁壱はうとうととする子どもを抱き上げベッドの上に横たわらせる。
 ぽん、ぽん、と優しく胸を叩く。赤児でないのだから、と苦情を言う巌勝の瞼に唇を落として「子守唄をうたいましょうか」と囁く。
「兄上が俺に歌って下すった歌。覚えておりますか?」
「ん……ふふ……覚えておらぬ。覚えておるものか」
「兄上。嘘はよくありません」
くふくふと笑う巌勝の頬を突き、縁壱ももぞもぞと兄を抱きしめるようにベッドに横たわった。
 そして、かつて兄が歌った子守唄――当時の流行歌をうたう。男女の恋の歌。あの頃の兄は、それを理解していただろうか。あの頃の自分は、兄の声にただただ聴き惚れて、詩など気にしていなかったけれど。

 すると、半分眠ってしまっているような巌勝が口遊む。縁壱と違って、甘くて高いボーイソプラノ。あの頃と同じ声。
「よりいち。よりいち……おいで。いっしょに、ねむろう」
兄が微笑む。
 縁壱は兄を抱きしめ「ええ。一緒に眠りましょう」
 すうすうと寝息をたてる兄の唇をぺろりとなめ、縁壱は夢の中へと潜った。