とけあう
鬼狩りたちは大晦日から正月にかけて産屋敷の屋敷で宴を催すのが慣例となっていた。一年間の労いと、生き残ることが出来たことへの喜びを分かち合う。そして次の一年の幸運を祈るのだ。鬼狩りたちは普段は口にできない食事や酒を楽しみ仲間たちとの絆を深める。
しかし縁壱は大晦日に巌勝を海へ誘った。産屋敷からも二人で過ごしなさい、と言われてしまえば巌勝に断るという選択肢はなかった。日柱が宴会を欠席するというのは如何なものか。そうも思ったが産屋敷は意味ありげな笑みを浮かべて巌勝に耳打ちした。
「皆、君たちのことを応援しているのだから気にしなくていいんだよ」
「…? はぁ……」
ぱちぱちと瞬きをする巌勝に、縁壱は珍しく顔をほんの少しだけ赤くさせて咎めるように「お館様」と口にした。
彼が巌勝を連れてきたのは海を臨む神社だった。夕刻、日が落ちる少し前の時間。境内には早咲きの梅が少しだけ咲いていて、それを巌勝に伝えると「随分とせっかちな花だ」と言う。
「生き急いでいるようだ。これは誰に愛でられることもなく散っていくのか」
白い小ぶりの花を指先で弄びながらそう言う巌勝の手を、縁壱は思わず握る。
「縁壱とともに海を見ましょう」
巌勝は切れ長の瞳を縁壱に移して、こくりと頷いた。
鳥居から見える海。寄せてはかえす白い波は岩にぶつかり飛沫を上げる。
「海を見るのは初めてだ」
巌勝は言った。
「おれも、ここで海を初めて見たのです」
縁壱はそう返した。
巌勝は始めて見る海に魅入られているようだった。高い鼻梁から唇、顎にかけて夕日の茜色が輪郭をなぞる。彼の瞳は見開かれ、縁壱と同じ赤みがかった瞳は一心不乱に海を見つめている。
日が沈む。太陽が海に沈むその光景に巌勝の鼓動は高まり、身体が震えている。その一つ一つを逃すまいと縁壱は目を凝らしていた。
そして吸い寄せられるように指先で頬に触れる。そのまま口元の痣に滑らせた指先を名残惜しくも離れさせる。巌勝は縁壱の指先になど気づかなかなったかのように魂を海に奪われてしまったようだった。
縁壱はきゅ、と唇を真一文字に引き結び、甘えるように寄り添って巌勝の手を握る。指と指を絡めるようにしながら、そして腕に縋るようにしながら寄り添って、兄が見つめる海を見つめた。
それはどれほどの時間だったか。
縁壱にとっては永遠にも思えるほどの穏やかな時間。静寂の時間。
やがて巌勝が口を開いた。
「ここに、永遠があるのだな」
「永遠?」と縁壱が聞き返す。
「見てみろ、太陽が海に溶け合っているだろう? 去ってしまった海――太陽もろとも去ってしまった海……」
甘いささやき。
「縁壱。縁壱、よりいち……ああ、これが永遠なのだ」
縁壱は目を瞑る。兄の声がとても心地よいから、ずっと聞いていたかった。
太陽がすっかり溶け合ってしまう時、縁壱は巌勝の顔を見た。そしてその唇を奪った。
「よりいち」
突然の接吻に彼は驚かなかった。だからもう一度唇を重ねる。触れるだけの接吻。巌勝の吐息が唇に触れて、縁壱の心臓が早鐘を打つ。
「縁壱」
名を呼ばれ、縁壱はもう一度接吻する。今度は全てを奪うような――否、全てを与えるような接吻をした。
溶け合ってしまえばいい。
そう思うほど、深く、深く、縁壱は接吻を施した。全てを捧げるように、深い接吻を施した。