キャラメルバナナ・チョコレートキス
同級生から北海道のお土産だと渡されたチョコレート。クマの形のそれは随分と愛らしい。個包装されたそれを顔の前に持ち上げた少年は「ふむ」と小首をかしげた。
このチョコレートをくれた同級生の少女は言った。
「このクマを見たとき、継国くんに似て可愛いって思ってお土産にしたの」
彼はそれをどう捉えたら良いものかと迷った挙げ句、曖昧に笑った。まだまだ九つばかりの彼は幼い子どもであり大人からは『愛らしい』と言われる顔立ちとはいえ、果たして同級生の少女の言う『可愛い』が褒め言葉であるのか些か引っかかる。
しかし、家に帰ってソファに座りチョコレートを見ていると思い出すことがあった。それは古い古い記憶だ。
数百年前。
彼は夜を徘徊し、刀を振るって鬼を斬る『鬼狩り』だった。彼の双子の片割れも同じく鬼狩りで、兄弟で鬼狩りをしているなど珍しいと言われたものだった。
そしてその当時の水柱が二人に言ったのだ。
「縁壱殿はまるでくまのようだ」
「くま? 弟が……ですか?」
巌勝は目を丸くさせて問う。弟もほんの少しだけ首をかしげて水柱を見ていた。
「確かに……くまのように大柄で…強い男ではありますが…」
その言葉に水柱は苦笑する。
「くまは、一つのものに執着するそうです。一度自分のものと決めたものを、どこまでも追いかける。『獲物』を奪われることを許さない」
「『私の弟』は、無欲な男です」
眉を顰め、低い声で巌勝は言った。当の縁壱は剣呑な目つきで水柱を睨む兄の姿に動揺して「あにうえ」と小さく――そして、まるで子どものように甘えた声を出す。
その二人の様子を見ていた水柱は「ふふ、ふ」と笑った。
「まさしく、あなたなのですよ」
「……は?」
「無欲な縁壱殿にとっての『獲物』はあなたなのですよ」
「誓って私は兄上のことを『獲物』などとは思ったことなどありませぬ」
今度は縁壱が眉を顰める番だった。
「自覚がないのなら、もう救いようが有りませんな」
そう苦笑した水柱。彼はその半年後に死んだ。鬼に食われたのだ。死体は見つからなかった。
そうであるからして、少なくとも彼はこの時の会話を思い出すことはなかった。
ソファに座った少年は愛らしいクマの形のチョコレートを指で弾く。
――命が廻った今、あの言葉を思い出すなど……。それにしても、あの少女。結果として彼女の言葉は正しかったということだ。まさしく、私の本質をついている。一つのものを求め、どこまでも追いかけるという、その執着心。
少年は少年らしからぬ自嘲の笑みを浮かべた。
「今日、同級生の女の子から貰ったチョコレート。彼女は私に似てるって言っていた。でも、この愛らしいクマはどちらかといえば――」
そう言って、チョコレートを持つ手をそのまま足元に――正しくは、足元にいる青年にかざすように動かす。くすりと笑って、可愛いと呟いた。
そしてソファから降りると床に座り、ペリペリと個包装のビニールを開けると「おすそ分け」と微笑みかける。
「ほら、こっちに……」
少年はそう言ってチョコレートを半分だけ咥えて「ん」と青年に差し出した。
足首と後ろ手にした手首を真っ赤な紐で縛られた青年はもぞもぞと芋虫のように動きながら少年に這い寄る。その様子に少年は頬を赤らめた。肩を抱いて身を起こしてやると、青年にチョコレートを与える。まるで親が子に餌を与えるように。
ポキ、と音を立ててチョコレートが割れる。そのまま少年は口の中のチョコレートを青年に与えるように舌で押し込んだ。そしてそれを溶かすように舌で腔内を掻き回す。そうすれば口の中が少しずつ甘くなって言った。チョコレートはキャラメルバナナ味だった。
これが少年のファーストキスということに、彼は後で気がついた。