NOVEL 小ネタ(〜1000)

わたしの特権


 縁壱は巌勝の髪を結うのが好きだった。黒く、毛先は赫く、艷やかな髪。双子なのに、己の髪とはなんと違うのだろうか。それを巌勝に言えば「お前の髪と同じだよ」と困ったように笑っていた。
 いいや、全く違う。縁壱の毛は太陽に晒され続けたせいか巌勝のそれと違い膨れ上がっている。ごわごわとしていて触り心地も悪く、まるで野良犬のようだ。それに比べて巌勝の髪は夜の月の光を浴びて輝く鴉のように美しい。
 縁壱は熱心に巌勝にそう語った。あまりに熱心だった縁壱は巌勝からの言葉がないことにハッとなって彼のことをまじまじと見た。すると巌勝は怒ったような顔で――顔を耳まで真っ赤にさせて黙りこくってしまっていた。
「あの……無礼なことを申し上げましたでしょうか」
おずおずと縁壱が訊ねる。何か怒らせるような事でも言ってしまっただろうか。鴉にたとえることが良くなかった? それとも女人ではないのだから髪を褒められたとて嬉しくない、と?
「美しいものは美しいのですから、その――」
縁壱は上目遣いに巌勝を見て、こてんと首を傾げながら続けた。
「その御髪をくしけずり、触れ、もてあそぶことを許されているのは己ただ一人と思うとたまらない気持ちになる。貴方は他の者にその身を触れさせることを好まないから……私が貴方の……とくべつ、であると……思えて……」
一層、好きなのです。縁壱は徐々に目線を下げてゆき最後は蚊の鳴くような声になり言う。顔に血が上ってゆくのを自覚した。

 沈黙。
 二人の間に長い長い沈黙が横たわる。

「お前が好ましいと言うなら」
沈黙を破ったのは巌勝だった。
 己の髪を一房つかみ、それから縁壱を睨み付け「好きなだけ、遊べばいい」と言う。
「……お前が私の弟でなければ……そのような戯れなんぞ許さない。たった一人の弟なのだから…特別、なのは……当たり前だろう」
そして眉を下げ呟いた。
「そんな顔で私を見るな」
 縁壱には自分が一体どんな顔をしているかなんて分からなかった。