泡沫の日々
有一郎と無一郎が十一歳の時、ひょんなことから継国巌勝・縁壱兄弟と旅行することになった。継国兄弟というのは二十五歳の双子の兄弟であり、有一郎と無一郎の従兄弟だ。両親が亡くなってから養子として育ててくれた産屋敷夫婦が「行っておいで」と背中を押してくれたのだ。
二人は優しかった。
一緒にプールに行って、ゲームをして、遊園地に行った。海で泳いで、バーベキューをして、温泉に入った。有一郎と無一郎を甘やかしたり、怒ったり、からかわれてくれたり、からかったりした。本当のお兄さんだったら良かったのにと何度も思った。
あっという間に時が流れ、有一郎は巌勝にべったりと懐いて離れようとしなかった。巌勝も満更でもなさそうにしている。無一郎は兄を取られたような気分で「ちぇっ」と唇を尖らせるのだった。
そして巌勝と有一郎の二人を眺めて微笑んでいる縁壱に、なんとなく話しかけた。
「二人は恋人同士なの?」
縁壱はパチパチと瞬きを繰り返して無一郎を凝視する。
「プールの中でさ、キスしてたでしょ」
見ちゃったんだよね、俺。そう無一郎はいたずらっぽく笑う。
無一郎は水の中でキスをする二人を見た。
一瞬のことで見間違いかと思ったが、きっと見間違いではない。
――さあ、縁壱さんはどんな顔するかな?
無一郎がわくわくしていると、縁壱はジッと無一郎を見て、それから「そうだな」と口を開いた。
「俺の首」
「……首?」
「そう。ここ」
縁壱はトントンと耳の下あたりの首筋を指差す。
「ここに、虫刺されがあるだろう」
「うん。赤くなってる」
「あれは、兄上が付けた」
なんてことはないかのように縁壱が言う。しかし、無一郎は言っている意味を正しく理解してみるみる顔を赤くさせた。
その顔を見て縁壱はニンマリと笑う。そして「兄上のここにも、俺の痕がある」と脇腹を指差した。
「いつもは痕を付けるなと言う兄上が、昨日はどうにも興奮が冷めなかったらしいのだ。可愛いらしいと思わないか?」
「………教育にわるぅい」
無一郎は何とかそう言った。しかし縁壱はくつくつと笑うばかりだった。
からかわれてるのかも。そう無一郎は思った。だとしたら、縁壱さんは性格が悪い! そうも思った。
そして最終日。
空港まで見送りに来てくれた巌勝と縁壱はずっと手を振っていてくれた。有一郎と無一郎も、別れを惜しむように何度も何度も振り返った。
最後の最後。無一郎が振り返ると、縁壱が巌勝の耳に顔を寄せて何事か囁やき、カプリと耳を噛んだ。巌勝はガバリと縁壱から逃げ顔を赤くする。縁壱はといえば――。
――人差し指を口元に当てて、しぃ、と無一郎に目配せを送っていた。
「おい無一郎、早く来いって!」
有一郎が呼ぶ。
「あ、ああ……ごめん」
慌ててトテトテと有一郎に駆け寄ると「顔赤い」と指摘された。
「やられた」
無一郎は思わず呟き頭を抱えた。これが彼らの十一歳の夏の日のことだった。
それ以来、有一郎と無一郎兄弟は彼らの従兄弟には会っていない。噂によると、二人して世界中をふらふら旅しているそうだ。有一郎は「胡散臭い」と言い、無一郎は「縁壱さんなら有り得る」と言ったのだった。