明晰夢
「必ず首を落としてくれ」と夢の中の兄が言った。
「俺に兄上を首を落とすなど出来ませぬ」
縁壱が泣きべそをかくと、巌勝は小さい頃によくしてくれたように、両手を握ってくれた。ぶらぶらと左右に揺らし「大丈夫」と囁いた。
「苦しくなどはない」
「本当に?」
「ああ。ただ、お前を感じるだけだ」
「俺を――感じる」
「そうだ。だから、きっと、必ず。私の首を」
縁壱はぽたりぽたりと涙を流した。己を殺してくれと言う巌勝の顔が、あまりにも記憶の中の彼と同じだったからだ。
しかし、これは現実ではない。己が創り出した都合の良い夢なのだ。
兄は鬼となった。何を思って鬼となったのか、縁壱には皆目検討もつかない。
兄は何も教えてくれなかった。兄はただただ優しかった。その優しさはまやかしだったのだと言う人もいる。しかし、あの優しさは縁壱にとっての現実だった。兄は優しい人で、そして鬼になった。他の鬼狩りたちは縁壱に「巌勝を討たなくとも良い」と言った。お前に兄は討てまいと言い捨てた者もいれば、兄を討つのは心が痛むだろう、と気遣う者もいた。縁壱はそれに甘えた。甘え続けて、苦しんで、数十年が経っていた。
――ああ、でも。命が尽きようとする今――私は――。
縁壱は夢の中、兄の手を握り返す。
「必ずあなたを討ち取ります。そして、どうかあなたも私を殺して下さいませぬか」
「なぜ?」
「あなたを感じたい」
すると、夢の中の兄は驚いたように目を見開き、それから困ったように笑って言った。
「では、お前がきちんと私の首を落とす事ができたなら、お前も私に心臓をおくれ」
「ええ。ええ――私の心を手ずからあなたのものとしてください」
「きっとだぞ。もしもお前が打ち損じたら、お前は惨めに独りで死ぬだろう」
巌勝はそう言って縁壱の唇をペロリと舐めた。
「もうすぐ目覚めの時間だ。夢の時間は終わりだな。さよなら縁壱」
「すぐに、会いに行きます」
「現実の私はお前の都合の良い私ではないからな。きっとお前は嫌われている」
浮かびかける意識の中、縁壱は「ひどいな」と笑った。でもきっとそうなのだろう。それでも縁壱は思う。この世界でたった一人の兄のことを、己は生涯愛していた。