恋を託す
縁壱には幼い頃から夢の中で会う男がいる。タチアオイが群生するそこに、その男は立っている。
但し、男と言っても彼が《人》かどうかは怪しいところであった。なぜならば彼は三対の目を持っていたからだ。
彼は毛先が不思議に赤い髪を高く結いあげ、紫色の着物に袴姿で立っていた。ニコリと笑いもせずに、三対の目でこちらを見ているのだ。
見るからに恐ろしいその男であるのだが、縁壱は何故だか不思議な親近感を抱いていた。しかしその男は縁壱が話しかけるとフイと顔を背けてしまうのだ。なんだかがっかりするような気持ちでいると、朝が来る。
男は朝日を眩しそうに見つめ、やがて砂となる。それを縁壱は、呆然と眺めるのだ。
その砂が天に昇るのを見ると縁壱は泣きたい気持ちになる。悲しいような、しかしながら、安堵するような、己の感情が己のものでなくなってしまったかのような心地だ。それが不思議と不快でない。
縁壱は砂に手を伸ばす。しかし砂は手のひらをすり抜けてしまう。
とん、と、タチアオイに指先が触れる。昇るように伸びたタチアオイは縁壱の顔に届くほどであった。鮮やかなタチアオイの花。それを恭しく撫でると、そっと唇を寄せた。
そして願うのだ。
「おれの口づけをあの人に届けておくれ」
縁壱はずっと彼に恋をしていたのだ。