秋空の太陽 水面の月
秋の空は高い。
巌勝は空を見上げて息をついた。そこには太陽がある。届かぬほどに遠く感じて、手を伸ばす。
そして、ふ、と己の子供じみた仕草を嗤う。手を伸ばしたとて届くはずもない。
「兄上?」と少し後ろを歩く縁壱が不思議そうに声をかける。
「空が高く―――太陽が遠い」
「ええ。……今日は、空気が澄んでいて、気持ちの良い日だ」
見なくても分かる。縁壱は今、例の微笑みを浮かべているのだろう。呑気なものだと思う。しかし、その心のゆとりが彼の器の広さを示しているようで、胸の奥がずんと重くなった。
「手に届かぬものに手を伸ばしてしまうのは何故であろうな」
ポツリと巌勝は言う。
すると縁壱は黙る。
沈黙が横たわる。
そして縁壱はゆっくりと口を開いた。
「俺も、水に浮かぶ月に手を伸ばしてしまうのです」
「お前が?」
「ええ。手で触れると揺らめきながら私の指を通り抜け、しかしそこにその輝きがある、水に浮かぶ月。どうしても手を伸ばさずにはいられない」
そう言いながら縁壱は巌勝の袖をちょんと引っ張る。まるで子どものような仕草だ。
「一緒に、月を見にいきましょう」
「……水に浮かぶ月を、か?」
こくりと頷く縁壱。巌勝は少しだけ考えてから「たまには、悪くないな」と言った。
「お前と同じものを見たい。お前が美しいと思うものを、私も見てみたい」
すると縁壱は幸せそうに「嬉しい」と微笑む。こんなことで喜ぶ彼はなんと純粋で無垢なのだろうか、と巌勝はそう思った。そして彼から目をそらして歩き出す。
その後ろ姿を縁壱が熱っぽく見つめて、恐る恐る手を伸ばし、そしてその手を下ろすのを見た者はいなかった。