蜜狩
いい夢を見た。
縁壱は隣で朝食を食べる兄を見ながら微笑む。
縁壱の兄、巌勝はあくびを噛み殺しながら焼き鮭を口に運んで朝のニュースを見ていた。その横顔――もぐもぐと口を動かして喉仏が上下に動くのを、唇をぺろりと舐める赤い舌を、切れ長の瞳を囲う睫毛の震えを、うっとりと眺めていた。
「……なんだ?」
「……なにも」
「何もないってことはないだろう。じろじろこっちを見て」
少々見つめすぎてしまったようで、怒らせてしまったらしい。縁壱は「兄さんの口って相変わらず小さいと思ってさ」と言った。巌勝は目を細めて、フイと視線を外してしまう。
その視線の冷たさに、縁壱は口の端が上がってしまう。ゾクゾクと背筋に走るソレは、爽やかな朝には似つかわしくないものだ。
昨晩の縁壱は夢を見た。兄を抱く夢である。
ベッドに横たわる自分と、その股間に顔を埋める愛しい兄。勃ちあがった己の性器の先を兄に舌でチロチロと舐められ、竿はゆっくりと扱かれる。時折上目遣いで己を見やる兄の目は潤んでいて、その瞳からは彼が発情していることが明白だった。
子犬が水を飲むように先走りをピチャピチャと舌で遊ぶ兄は、やがて、あむ、と亀頭を口に含んで舌全体で舐めまわす。敏感なそこを熱い粘膜に包まれ腰が震えた。
「っ、は……あ、あ……兄さん。気持ちいい」
ね、もっと咥えて。そう言って縁壱は腕を伸ばして巌勝の耳を擽る。んっ、と巌勝が目を細めて震えた。耳が弱いのだ。
「早く……早く、奥までっ、にいさん……!」
じれったくて腰をゆるりと動かせば、兄の歯に当たり、甘やかな痛みに「あ゛っ、ぅ……」と縁壱は呻いた。
「ん……わがまま」
巌勝は性器を口から出しそう言うと、ねっとりと舌で竿を先から根元へと辿り、口を開けて袋を食む。もぐもぐと唇で揉んだ。
同時に右手の手の腹でくるくると回すように先を撫で回され、縁壱の腰が重くなり甘い痺れが背骨を伝い脳味噌に到達するとパチパチパチとした火花に変わる。
口の中に唾液が溢れ、腹の奥からむくむくと湧き上がるのは凶暴な欲。眼の前の兄を組み敷いて、鳴かせ、泣かせ、そして善がらせたい。縁壱だけが欲しいと言わせたい。
かくかくと腰を動かしながら「あにうえ」と甘えた声を出す。
すると巌勝は瞳を三日月の形にさせるとわざとらしく口をかぱりと開け、今度は袋から亀頭へと舌をのぼらせる。そしてぱくりと先を口の中に含むと、唇で竿を扱きながら喉の奥まで咥え込んだ。望んだ快楽に縁壱は頬を緩ませ喘いだ。
んぐ、んぐ、と苦しそうに眉を顰めながらも、瞳を蕩けさせる兄。
「にいさん、えっち」
そう言えば、喉の奥が震える。それがとても気持ちよくて、たまらなくて、我慢ができなくて、兄の後頭部を抑えてゆるゆると腰を振った。兄の腕が縁壱の腰に周って煽るように撫で回す。物欲しげな目で見つめてくる。
縁壱の視界が赤く染まっていく。腰を振るその動きは、やがて自分本位に激しくなった。苦しげに巌勝は呻き、その度に喉の奥が締まって快感を生む。
縁壱の目の裏にバチバチと花火が散った。
「あ゛ぅ……! は……あ……」
欲望を爆発させる快感。ドクドクと兄の喉の奥に注ぎ込むと、兄の喉と唇がもっともっとと卑猥に蠢く。
すべてを注ぎ切ると、ちゅぽ、と音を立てて兄の口から性器が取り出された。
「兄上」
縁壱は頬を撫でる。巌勝は口を大きく開けて見せる。
「ぜんぶ、飲めましたね」
良い子、と指で舌を弄ぶと、兄はびくびくと歓喜に身体を震わせた。
「じゃあ、良い子の兄さんに、ご褒美」
縁壱はそう囁やき、兄の性器を足先で踏んだ。
「う゛っ、あ……ひ、い゛っ!」
つま先でぐりぐりと虐めてやると痛みと悦楽に身もだえる兄。その兄の頬を両手で包むようにしながら問う。
「おれの咥えて……精液飲んで、気持ちよかったの?」
「ちが、ち……ちがっ、あ゛、あ゛あッ」
足の指を広げて器用に二本の指に挟み込みカリを刺激した縁壱は、兄の顔をうっとりと見つめた。顔を真っ赤にさせて、閉じることができない口からは唾液がたらりと垂れている。そこから見える舌のなんと赤いことか。助けを求める瞳は哀れっぽく涙の膜をはり縁壱の飢餓を誘う。
「イッちゃったんだよね。にいさんの、どろどろだもんね。おれの美味しかったんだよね」
可愛い、可愛い。縁壱は何度もそう繰り返し、キスをした。
びくり、びくり、と震える兄が愛おしくて堪らなくて、そのまま兄を推し倒し――――
――――そこで目が醒めたのだ。
朝食を食べる兄の横顔を見ながら、その夢を思い出して思わずにやにやと笑ってしまう。潔癖な兄はたとえ恋人にだって、そんなことはしないだろう。
「……だから、こっち見るなって」
巌勝が再び冷たい視線を寄越す。その視線に縁壱の背筋にピリピリとした電流が走った。
兄は自分を警戒している。縁壱はその事実に酩酊するのだ。
兄は気付いているに違いない。実の弟に劣情を向けられていることを。二人きりの時に「にいさん」と呼ぶ縁壱の声の甘さ。絡みつくような視線に籠められた、よこしまな感情。気付かない方がどうかしている。
だが、兄は拒絶をしているわけではない。何故ならば兄は無自覚に縁壱を目で追っているのを縁壱は知っている。その視線の熱さは縁壱が巌勝に向けるそれと同じものだ。
しかし、兄は自身のその目線の熱を知らない。兄は心を鉄で固く守り何重にも鍵をかけているからだ。
それの鍵を無理やり開けてしまいたい。兄の心を暴いてやりたい。兄が気付いていないソレを見せつけてやりたい。
そんな凶暴な欲。それをひた隠しにして、縁壱はにっこりと微笑む。従順な弟を演じ、時折、その凶暴な欲を仄めかす。
まるで獲物をいたぶる獣になったような気分だ。己の中にそのようなサディスティックな欲があるなど知らなかった。
「兄さん」
縁壱は兄を呼ぶ。巌勝は目線だけ寄越した。
「俺、今日はいい夢を見たんだ」
そう言って縁壱は巌勝の耳にそっと顔を寄せる。
そしてそっと囁いた。
「 」
――――さて、兄さんはどんな顔をするだろう!
縁壱は舌なめずりをする。
まるで獣のように。