お品書き
『真夜中のおとなのためのララバイ』■キメ学設定
■全年齢
■過去から現在まですれ違い続けるけどお互いを求めてしまう二人のお話
□B6/本文66頁/400円
□通販(BOOTH)価格450円を予定しております
※通販価格変更しました(2023/01/20)
このお話の二人のオマケペーパーもつけたいと思っています。(間に合えば………)こちらはR18になりますので年齢確認のご協力をお願いいたします。
どうぞよろしくお願いいたします!
★通販詳細
サンプル
帰宅すると無人のはずの自宅に人の気配があった。侵入者だろうか。巌勝はすぐさま身体を強張らせ、足音も立てずにリビングルームへと向かう。継国巌勝は政治家である鬼舞辻の秘書だ。その職業柄、敵は多い。侵入者がただの空き巣ならまだいい。しかし、もしも主人の失墜を狙う者だったら?
巌勝はネクタイを外すと拳に巻いた。彼には素手で人を殺せるという噂がある。もちろん彼は素手で人を殺したことなどないが、火のない所に煙は立たない。
――私を見くびったこと後悔させてやる。
組み討ちに関しては腕に覚えがあり血の気も盛んだった。そして全神経を集中させ、そっとリビングの扉を開ける。
もしも彼の自宅に侵入していたのが空き巣だった場合、その者は脱臼程度で済んだだろう。もしも主人である鬼舞辻の政敵であった場合は巌勝の噂が真実に変わっていたはずだ。
しかし、幸いなことに巌勝が噂を真実に変えることもなく鬼舞辻は自分の秘書が人殺しになるというスキャンダルに見舞われることもなかった。巌勝の耳に微かなうめき声と寝言が聞こえたからだ。先ほどまで暗殺者のような顔つきだった彼はそれを耳に入れたとたん身体を弛緩させ疲れた勤め人の顔に戻る。侵入者のその声は、巌勝にとってよく知った者のそれであったからだ。
大きく肺に酸素を取り入れて、はあ、と溜息をつく。ただでさえ疲れていたというのに、さらにドッと疲労感がのしかかってくるようだった。
巌勝は部屋の電気をつける。すると今度ははっきりと「ウウ」という呻き声が聞こえた。まぶしかったのだろう。見れば、件の侵入者はソファに横たわっている。近づいてみると、彼はライトの光から逃げるようにうつ伏せにもぞもぞと身体を動かしていた。その仕草は幼い子供がむずかっているようで、ほんの少し苛立つ。
「おい。起きろ」
声をかけてもピクリともしない。それどころかスウスウと気持ちよさそうな寝息さえ聞こえてくる。
平生の彼ならばすることのない舌打ちを一つ落として目線をソファの前のローテーブルに移した。ビール瓶とワインボトル、そして日本酒の酒瓶がお行儀よく並んでいる。これを全て飲んだというのか、一人で。巌勝は再び大きな溜息をついた。
そして、目線を合わせるようにしゃがみ込み、眠る侵入者に手を伸ばし――ほんの少しうろつかせて、トン、と躊躇いがちに肩を叩く。
……起きない。
もう一度、トンと肩を叩き、巌勝は小さな声で名を呼んだ。
「縁壱。……縁壱。よりいち」
「おかえりなさいませ、にいさん」
名を呼ばれた侵入者――縁壱はピクリと身体を小さく跳ねさせ、それから、がばりと巌勝を抱きしめた。
「わ……! お、おい!」
突然の縁壱の抱擁に巌勝は不覚にも尻もちをつく。舌っ足らずな声と、鼻孔を刺激する酒の匂いとその奥の太陽のような匂い。高い体温。かすれた声。甘ったれたように頬ずりをする彼は、まるで大型犬だ。
巌勝は大型犬を引っぺがして言った。
「色々……色々、と……言いたいことはあるが、まずは、不法侵入の言い訳からしてみろ」
声は普段と変わらないか、震えていないか。そればかりが気になってしまう。
何故ならば酔っぱらった縁壱を見て予感がしたからだ。巌勝の日常がこの男によって破壊される予感。そして、往々にしてこういう時の予感はよく当たるものである。
中略
「っ、ひっ!」
縁壱が巌勝の腕をつかみ引き寄せると、仕返しとばかりに耳に息を吹きかけたのだ。
その瞬間、巌勝の身体を駆け巡ったのはむず痒さでも、ましてや不快感でもなかった。それは快感だった。耳からのそれは背筋を通り全身に電流を送り込む。そして、巌勝はその快感を――縁壱から与えられる全く同じ快感を知っていた。
「相変わらず、ここが弱い」
吐息をたっぷりと含んだ囁きが耳に注がれる。再び同様の電流を身体に流され、巌勝はぶるりと震えた。
「っ、おふざけも、度が過ぎるぞ」
「兄さんが始めたことだ」
「っ、違う、私はこれを望んでなどいな、い……う、うあ……っ」
ぐちゅり、と耳の中に舌が挿し入れられた。反論もさせてもらえない。ぷちゅ、くちゅ、ぴちゃ、という水音が頭に響いて快感へと変換される。びくびくと身体の震えが止まらなかった。
狭い耳の穴の中を、生き物のような縁壱の舌が行ったり来たりして、それが、どうしようもなく気持ちがいい。脳みそごと掻きまわされているような快感。
――ああ、気持ちがいい。悔しい。いやだ。でも。もっと。
ついに、与えられた快楽を受け止めきれなくなった巌勝の両目からぼろぼろと涙が溢れ出す。その涙さえ舐めとられ、口の端からこぼれる唾液も啜られる。
「兄さん。気持ちいいことは、悪いことじゃあない」
縁壱は巌勝を押し倒して腰に跨ると、ゆっくりと服を脱がせていった。巌勝はかすみがかった頭で必死に縁壱を止めなければと理性を奮い立たせる。しかし力の入らない手で縁壱の手を抑えようと藻掻けども、抵抗にすらならなかった。それどころか縁壱はその手を取って見せつけるように口づける。その柔らく熱い体温すら敏感に感じ取った巌勝は崩壊寸前だった。
「俺はあの時と同じ、兄さんと楽しいことがしたい。縁壱は、兄さんともっと遊びたいです」と甘ったれた声。この声が合図となった。巌勝は両手で縁壱の後頭部を抑え、キスをした。
「お前がのぞむなら、仕方ないから」
言い訳のように言う巌勝の足が、縁壱に絡みつく。縁壱はぺろりと唇を舐めた。
そして二人は体を重ねた。快感だけを追って、自分と弟の境界も分からなくなるぐらいに激しく、我を忘れて行為に耽った。強烈で鮮やかで、その身を燃やすような感覚。あの時と同じだった。
あのときとおなじ。
あの時と同じ。
――『あの時』と同じ。
そうだ。忘れるはずもない。
巌勝は茹る頭で記憶を蘇らせた。十数年前、彼らはたった一度だけ、身体を重ねた。忘れようと努めてきた記憶だ。
縁壱はすべてが終わった後で言った。
「このタトゥーはすべて兄さんを思って彫った。月も、蝶も、藤も。兄さんを想っていたんですよ。あなたが欲しくて、あなたをこうして身体に刻んだ」
それを聞いて、巌勝は仄暗い悦びに震えた。一線を越えた先で縁壱が見せた己への渇望。執着。それは麻薬のように巌勝の脳みそに火花を散らすほどの悦びを産んだのだ。無欲だと思っていた弟がまるで普通の人間みたいに何かに執着する。ああ、あの弟が、自分のところまで堕ちている!
一度これを知ってしまったら後戻りはできない。どこかで理性が警告を出している。しかし巌勝はそれを無視して縁壱に手を伸ばした。
「もっと私を求めろ。そうすれば、いくらだってくれてやる」