NOVEL short(1000〜5000)

夜一夜うたう子守唄


 兄上は大変可愛らしい。放っておくと国が傾く。
 ぐずぐずと涙を流してごにょごにょ何事か言いながら、全く痛くもないパンチを繰り出す巌勝を腕の中に閉じ込た縁壱は大真面目な顔をしてそんなことを思っていた。

 なぜ巌勝がそんな有様になっているのかといえば、それは縁壱にもよく分からない。しかし、巌勝はいわば発作的にこのようになることがある。それは彼の美点にも繋がりうる悪い癖でもあった。
 要するに、彼は自己嫌悪に陥っているのである。愛される価値のない男だ、自分は惨めに打ち捨てられるのが似合いのつみびとなのだ、と自分を虐める。そんな時の巌勝は大抵、縁壱と会いたがらない。こんな姿を見られたくないのだと泣いていたこともあった。

 しかしながら幾度目ともなれば縁壱も慣れたもので、どのように接すればいいのか分かってきている。
 縁壱にとって巌勝は尊い人である。優しくて、かっこよくて、負けず嫌いで。少しずるいところもあるが、生真面目で自分に厳しい。そんな彼が兄であることは縁壱にとって自慢であり、何にも代えがたいものであった。
 だからこそ、巌勝が巌勝の目を通した真実よりも何百倍も何千倍も巌勝が優しく美しく、縁壱がいかに巌勝を愛しているかを伝える。それこそが巌勝の『発作』への薬である。


 では、具体的には何をするか。
 単純明快である。セックスである。
 ――別にセックスがしたいだけではない。これは兄さんに必要な薬だ。別にセックスするための口実でもなんでもない。そもそも俺はしたいときにしたいだけセックスをする。なので決して口実などではない。例えこういう時の兄さんがいつもより密着してくれたり、素直に「気持ちいい」と言ってくれるのが早かったり、甘えたり、キスしてくれたりといったことがあったとしても、だ。そんな色情魔などではない。俺は別に――


「おい、きいているのか」
という言葉と共に腕に痛みが走り、縁壱は意識を現実に浮上させる。ごにょごにょと不明瞭な言葉を口にしていた巌勝が縁壱の腕に爪を立てて不満を顕わにしたのだ。その吐息からは強いアルコールの匂いがした。珍しく酔うまで飲んだらしい。

 ――それにしても。
 縁壱はまじまじと兄の姿を見た。頬を赤く染め、目元は涙で濡れている。まるでセックスしているときみたいだ。縁壱は思った。
 ――うん。やっぱり兄さんとシよう。今すぐに。据え膳食わぬは男の恥。兄さんから教わった言葉だ。でも、しまったな。こんなに酔ってたら兄さんの勃ちそうにない。
 そんなことを思いながら、縁壱は巌勝を抱きあげる。
「兄さん、ああ、こんなに酒を飲んで……」
「うるさい。飲まずにやってられるか。おろせ」
降ろせ降ろせと喚く巌勝をベッドの上にドスンと落とす。

 巌勝はハッとした顔で縁壱を見上げると、苦しそうな、泣き出しそうな顔をした。
「おれは、お前が、嫌いだ」
「……そうですか」
 兄の言葉に縁壱の心臓がチクリと痛む。しかしながら巌勝のその言葉の奥――鉄に閉じ込めた心の柔らかい部分には渇望が秘められていることを知っていた。
 そう、渇望だ。巌勝は『救い』を渇望している。しかし、巌勝は神からの救済を求めるのではなく、悪魔に救いを求めるような、そんな男だった。自らを罰することで心の安寧を求める。そんな巌勝の最大の罰――絶望を与えるものは『縁壱からの拒絶』であり、それこそが罪の意識からの解放でもあるらしい。

 しかし、縁壱は巌勝を手放すつもりなど毛ほどもない。
 それどころか、縁壱は罰を求める巌勝には必ず『愛』を注ぐと決めていた。窒息するほどの愛。溺死してしまうほどの愛。己には愛される価値がないのだと泣く兄に、そうではないのだと知らしめるために、愛を注ぐ。

「兄さん。俺は、兄さんを愛していますよ」
縁壱は巌勝に覆いかぶさりながら言った。巌勝の目が泳ぐのが、たまらなく可愛らしいと思った。





 いやだという抵抗をキスで塞ぐ。息もできぬほどのキスだ。
「苦しいのがお好きでしょう?」
わざと意地悪く言ってやれば、巌勝は悔しそうに縁壱を睨む。
「安心して。次は、兄さんがばかになるぐらい気持ちよくするから」
縁壱はそう宣言して、抵抗を諦めない巌勝を、身体から『説得』し始めた。


「あ…ぅ…、よぃ…いちぃ、より、い、ち…っ、ひッ!」
 胸の尖りを片方の手の指先――爪でカリカリと優しく引っ掻き、もう片方の手ではこれから縁壱を受け入れるその場所を懐柔する。
 あまりに弱い痛みとくすぐったさに、乳首はピンと立ち上がっている。時折、反対の乳首を舌先でチロチロと擽り、時に甘噛みしてやった。その度に巌勝は背を反らし「は……あ、あ、ああっ」と快感に悶え声を漏らす。縁壱に乳首を押し付けているようになってしまっていることに気が付いていないのだろう。

 そして巌勝の後ろは縁壱の指を三本飲み込んでなお、より大きく、太く、そして熱を持って暴力的な快楽を与えてくれるものを求めていた。三本の指をそろえて前立腺をぐりぐりと抉り、かと思えば指で挟みこみ、叩き、擦る。その度に巌勝は首を振って快感をやり過ごそうとする。
 その目は快楽にとろけているというのに、抵抗をやめないその姿がとても美しいと思った。

「兄さん、気持ちいい?」
縁壱が訊く。巌勝は口を押えて首を振る。健気だった。
「嘘つき」
顔を寄せて甘ったるく巌勝の耳に吹き込み、そのまま耳の穴に舌をいれた。ぐちゅ、ぴちゃ、ぬちゅ、とわざと音を立ててやると、巌勝は体を痙攣させる。耳元で聞こえる兄の吐息――快楽を押し殺そうとする吐息と、漏れ出る喘ぎ声にズクリと腰が重くなる。

 早く一つになりたい。このまま昂った己のものを突っ込んで好き勝手に腰を振って、種をうえつけてやりたい。そんな凶暴な欲望に駆られる。
 しかし縁壱はそれを堪えて、代わりに後ろに入れていた指をぐぱりと広げた。
「゛あッ゛うぅぅ、~~~~っっ!」
それと同時に縁壱が耳を犯す舌の抽挿を激しくさせる。すると巌勝のうしろは縁壱の指をきゅうきゅうと締め付け入り口を切なげに震えさせ始める。

 もどかしいのだろう。無意識にくねくねと腰を揺らし、足がシーツを蹴るように藻掻いている。
 やがて巌勝の身体は心を裏切って縁壱に主導権を渡す。何度も縁壱に愛された身体は快感を予感し全身で歓び震えるのだからたまらない。
 最後に耳全体を舐め上げ、ふう、と息を吹きかけると「愛しているんです」と囁いた。
「ね、兄さん。気持ちいいんでしょう。それはね、兄さんが淫乱だからじゃない。兄さんの身体が、俺に愛されてるって分かって喜んでるからです」
後ろに挿れた指をばらばらに動かし、ながら吹き込む。
「俺、こんなに兄さんのこと愛しているんです。兄さんも嬉しいんだよね。こんなに気持ちよくなってくれて、期待してくれて、俺も嬉しい」
 ぬぽ、と指を引き抜く。巌勝は「あッ」と声を上げて眉を切なげに下げる。無意識なのだから笑ってしまう。

 カチャカチャと音を立ててベルトを外して服を全て脱ぎ去る。その姿を巌勝がじっと――恍惚とも言える顔で見つめている。その視線に、縁壱の理性が燃やされる。
 昂りきった己のペニスをぺち、とそこに押し付ける。ひくひくと収縮するそこに裏筋を擦れば、ビリビリと快感が背に走った。
「兄さん。挿れるね」
「あ……あ、あ、」
恐怖か期待か。巌勝の目が揺れるのをしっかりと見つめ、縁壱は愛する兄の中に入った。

 ずぷぷ、とゆっくりと入れば、巌勝の中は歓迎するように締め付ける。熱くて、きゅうきゅうと締め付けられて、たまらない。
「ああ、兄さん。気持ちいい。気持ちいいです…」
うっとりと言う。腰がとけそうだった。そして、巌勝もまた、はくはくと金魚のように口を開いては閉じて、口の端からは唾液を垂らしていた。

 一番奥まで挿れ切ってしまう。ごちゅ、と奥の壁を先で押し、腰を回した。
「かひゅ、」と、息を吐き出し巌勝は強い快感を伝えるので、縁壱は頬を舐め上げて「奥、気持ちいいですね」と言った。
「兄さん、ほら、気持ちいいでしょう?」
「あ…や…あ、゛あぁ!」
「ね、兄さん。愛してる。愛してる……」
何度も何度も愛しているとくりかえし、腰を押し付け壁をえぐる。

「ああ…愛してる。愛してる…ねえ、兄さん。愛してます。分かりますか? ああ。ああ――気持ちいいです。兄さんもそうでしょ? 愛してます」
 言いながら、縁壱は腰の動きを早く、そして激しくさせた。巌勝は悲鳴を上げて叩きつけられる快楽に身もだえるしかなかった。それでも、巌勝の身体は彼の理性とは裏腹に求めていた快楽に歓び震え、自ら腰をみだらに揺らし、足を縁壱の腰に回して離すまいとする。
 そのアンバランスさに縁壱の脳みそは蕩けていく。馬鹿になっていく。

「にいさん。言って。ほら、気持ちいいって」
ばちゅんばちゅんと腰を打ち付けながら縁壱が求める。
「゛あンッ……゛う、う…」
「言ってよ、兄さんっ…気持ちいいって、俺が兄さんを愛しるの、分かったって、言って…!」
「゛まッ、まって、まってくれ…! いま、くる、きちゃう、だめだッ、あ、あ、あ」
シーツに縋る巌勝の腕を掴み、己の背へと導き縁壱はより身体を密着させる。
「言って。俺は兄さんのこと愛してるって。愛されるの、気持ちいいって、言って」
縁壱はうわごとのように何度も巌勝に希う。巌勝は声を抑えられなくなり、快楽にあえぐ。

 やがて巌勝の奥の壁がひくひくと震え始めた。それを縁壱は見逃さずに、切っ先で奥をこじ開けんとする。たまらないのは巌勝だ。やだやだと恥も外聞もなく泣きわめき、そして叫ぶようにして言った。
「こわい…こわい! お前でいっぱいで、きもちよくて、これ以上はこわいから」

 縁壱でいっぱいになって、逃れられなくなって、認めなきゃいけないのが怖い。気持ち良すぎて怖い。お前の愛を受け止めきれないのが、怖い。

 呂律の回らない巌勝の叫び。
 縁壱は目の前が真っ赤に染まる。興奮と喜び。
「おれでいっぱいになって、気持ちよくなって、俺の愛で溺れて」
言葉と共に、ぐぽり、と扉がこじ開けられた。

 巌勝は大きく身体を跳ねさせ果て、縁壱もまた、扉の奥で先をひだに包まれ舐めしゃぶられ、果てた。
 ドクドクと精を注ぐ快感。「あ、あ、」と注がれる快感に恍惚とする巌勝が愛おしくてたまらない。

「兄さん、俺の言葉、繰り返して」
縁壱は言った。

「おれは」
「……よぃ…よりいちは」
ぼうとした巌勝は素直に繰り返す。
「兄さんのことを愛してる」
「おれのことを……あい、して……る?」
「うん。そう。そうですよ。もう一回言ってください」
「お前は、おれを…愛してる…」
「そうです。ね、分かった?」
「……?」
「そして、兄さんはそれが嬉しくて、こんなに気持ちよくなっちゃったんです」
「おれが、うれしい……?」
きょとんとした巌勝のその顔が、あまりにも無垢で、縁壱はぎゅうと抱きしめた。
「は…あ……よりいち…ぬいてくれ」
「……いやです。俺は、兄さんをもっと愛したい」
既に硬さを取り戻した縁壱のそれを、巌勝の奥のひだが褒めるようになめしゃぶる。我慢ができなくなる。
「にいさん。兄さんが分かるまで、教えてあげます。俺は兄さんのこと愛してるって」

 ぐちゅ、ぐちゅ、と水音が再び部屋に響く。

 やがて、縁壱の「愛してる」という甘ったるい声と、「分かったから」という巌勝の声が交互に囁かれ、それが忍び笑いに変わるのはもう少し先――明け方ごろだった。