可愛い彼を酔わせたい!
縁壱は巌勝のことが好きだった。とても好きだった。言葉では言い表せないぐらい好きだった。抱きたいと思っていたし欲を発散するときに脳裏に浮かぶのはいつも巌勝だった。
幸いであったのは巌勝も同様であったことだ。そして紆余曲折を経て二人は身体を重ねる関係となる。とは言っても巌勝は硬派な男であったため、縁壱がその関係にこぎつけるまでには涙なしでは語れない奮闘があったのだが――それはまた別の話だ。
兎にも角にも縁壱は彼なりに外堀を埋めたり(産屋敷の協力と入れ知恵であった)、恋文をしたためたり(煉獄のすすめであった)、それとなく二人切りになってみたり(他の柱たちの助言であった)しながら、最終的には泣き落としで兄上の身体を美味しく頂いた。我が世の春とはこの事かと縁壱は天に感謝した。世界の全てが美しかった。
さて、予想外であったのは巌勝が快楽に弱いということである。想いを通じあわせてからというもの、縁壱はことあるごとに巌勝を抱いた。そうすると、日を追うごとに巌勝は快楽に屈して乱れるようになっていったのだ。開発が順調すぎて恐ろしいほどである。いつも凛とした兄が自分の手によって可愛らしくいやらしく善がる兄を見るのは中毒性があった。
そういうわけで、縁壱の当面の目標は巌勝が自ら縁壱を誘うようになるほどに縁壱なしではいられないようにすることだった。
そして、その目標はそろそろ達成されようとしているのかもしれない、と、縁壱はほくそ笑む。酔った巌勝が縁壱に口吸いを求めるようになったからだ。
それはたまたま日柱邸の近くに来た岩柱と彼の継子が酒を持ってきた日のことだった。日柱邸には巌勝も訪れており、四人で酒盛りをしたのである。
助けた商人から貰ったのだという酒を飲みながら漫談を楽しんでいると、不意に巌勝が言った。
「しかし……岩柱殿はしあわせものだな」
「なんだ。藪から棒に」
「いやなに。彼のようなりっぱな継子がいるたろう……」
それを聞いた岩柱は誇らしげに、そして継子ははにかみながら「月柱とて優秀な継子を選べばよいではないですか」と言った。
「あなた様の剣技に惚れ込み継子となりたいと申し出る者は多くおりますよ」
しかし、巌勝はうんうんと唸ってからたどたどしく言った。
「でも、いまは……私はいい」
「そうなのですか?」
「ん。それに――――」
彼は、ふ、と笑って爆弾を落とす。
「継子、なんてつくったら、よりいちとの逢瀬にさしさわる」
しん、とその場が静まり返った。
岩柱は彼らの関係を知っている。何故なら過去に縁壱に「いいから抱いてしまえ」と投げやりな助言をしたのは他でもない彼であるからだ。知らないのは彼の継子だ。継子は巌勝と縁壱を交互に見て「ええと、その……え? え?」と混乱しながら目を回していた。
「だって……よりいちと過ごした朝…わたしは腰が立たぬから………つぐこに剣を、おしえてやれぬではないか。だから、逢瀬が減る……それは……寂しい」
下腹を撫でながらうっとりと言う巌勝は、ほう、と熱い吐息をもらす。継子は可哀想なことにみるみるうちに顔を真っ赤にさせて彼の師に助けを求め視線を送った。岩柱は遠くを見つめてそれを無視していた。
「兄上は少々酔っていらっしゃるみたいですね」
縁壱は早口で言って「さ。兄上。休みにいきましょうか」と巌勝の腕を掴んで立たせた。
そして縁壱は岩柱の継子に言った。
「今日の兄上のお姿は忘れろ」
無自覚な縁壱の静かな殺意に、可哀想な継子はヒュッと息をのんで、コクコクと頷く。それを確認してから縁壱は広間を後にした。
「巌勝殿を取って食おうなんて猛者はお前しかいないだろ」
岩柱の呟きは広間にポツンと落ちていった。
巌勝を広間から連れ出した縁壱は彼の腕を引いて寝所へと連れて行った。
「兄上が酒に飲まれるなど、珍しい……しかしあのような顔をするのは俺の前だけにしてください…ねっ?! ……っ、んむ、ン?!」
巌勝への説教が言い終わらないうちに縁壱の視界が突然暗くなり、唇に生温かいものが押し付けられた。巌勝が彼の唇を食べたのだ。
「あ、あにう……んン、ん、っ!」
ぴちゃぴちゃと音が立つ。巌勝が舌を縁壱の腔内にさしいれ舐め回していた。
縁壱の歯列をなぞり、舌を絡め、唇を噛む。そして唾液を啜り、流し込み、夢中で縁壱の口を食べている。
「ん、ぷは、兄上、あにうえっ」
「ん?」
「あの……あの……限界です……」
巌勝からの接吻で縁壱の腰がずんと重くなっている。震える手で欲望のままに彼の腰に手を回して引き寄せた。すると巌勝は縁壱の唇をぺろぺろと舐め、うっそりと笑う。
「ん……ふふ……縁壱は甘いなぁ」
すりすりと身体を擦り寄せる巌勝に、縁壱は全身をふるりと震わせた。そして、ぐりと腰を押し付けながら縁壱は巌勝の結い上げた髪を下ろし手で梳いてやる。
「もう、もう、無理です。兄上。もういいですよね。ね、兄上……」
巌勝を抱えたまま座り込み、そのまま床に押し倒した。彼の黒髪が扇状に広がる。
縁壱はそっと額に唇を落とし、微笑んだ。
「では、いただきます」