main(5000〜) NOVEL

嘘の蜜

「お前に嘘は通じそうにないな」
そう言ったのは他でもない巌勝だった。曰く、身体が透けて見えるのであれば筋肉の強張りや心拍数の上昇などで嘘が見破られてしまいそうだ、ということらしい。
 実際のところはというと、多少相手の筋肉が強張ろうが心拍が乱れようが、縁壱は気に留めない。おや、と思うことがあったとしてもそれは縁壱でなくとも気付くことのできる『下手な嘘』であることがほとんどであった。つまり縁壱は嘘を見破るのがすこぶる下手だったのだ。
 しかしそれを巌勝に言ったら「お前は人を信じすぎる」と言われてしまった。少し違うがどうやって伝えたら良いのか分からず縁壱は困ってしまう。そんな弟に巌勝は優しく微笑み「……他人を信じず常に疑っているより、よほど良い」と言った。
「そうでしょうか」
「そうだとも。お前の……その、信じすぎるくらいに人を信じる、その無垢な心が――」
「? 兄上?」
巌勝は言い淀み視線をうろつかせ、そして「お前の前で嘘を吐くのはやめておくよ。弟に嘘が暴かれるのは兄の尊厳に関わるからな」と続けた。
「兄上は俺に嘘をつく予定があるのですか?」
「ん? ん〜……そうだな。嘘ぐらい吐くぞ。例えば、体調が優れぬとお前に嘘をついて煉獄殿と旨い酒を飲んだりな」
「それはもしや、俺の誘いを『体調が優れない』と言って断った前の満月の夜のことですか?!」
食い気味に訊く縁壱に、巌勝はケラケラと笑って「バレたな」とあっけらかんと白状した。
「酷いです。確かに体調が優れないというのは口実で、兄上がそういう気分でないからだとは思いましたが……別の男と一夜を共にしていたなんて」
「こら。変な言い方をするな」
巌勝は眉をひそめ、そして「ほらな」と言った。
「私の言ったことが真実ではないことは見破っていただろう」
「それは……そうですが」
「だから、お前の前で嘘はつけないのだ。こうしてバレてしまううえに……お前はそうやって……ははは。厄介なことだな」
巌勝は眩しそうに縁壱の頬を撫でる。その顔はとても美しく、そしてどこか影を孕んでいて、縁壱はその姿が目に焼き付いて離れなかった。


 と、そんな会話をしていたからこそ、縁壱は不思議だった。縁壱には嘘が吐けないと言っていたのに、なぜ巌勝は嘘を吐くのだろう。それも、すぐにバレる嘘を。
 縁壱は気になって巌勝に問う。
「兄上は、俺に嘘が吐けないと仰った。なのに、なぜ嘘を吐くのです?」
言われた巌勝はぽかんとした顔で縁壱を見上げていた。汗みずくで、半開きの口からは唾液が垂れている。頬に張り付いた一筋の髪を払ってやり、縁壱は再度、己が組みふしている兄に問う。
「以前兄上は俺に嘘は吐けないと仰った。なのに俺と目合う時にはいつも嘘を吐く。なぜですか?」
「……それは、今、訊くことか」
巌勝はひとこと一言、言い聞かせるように訊き返した。縁壱は巌勝の下腹部――己の男根を咥えこんだそこを『視』ながら「だって」と続ける。
「だって、確かに兄上の身体は悦んでいるというのに、兄上はいつも『嫌だ』とばかり言うではありませんか。そればかりか『よくない』とまで……」
それを聞いた巌勝は顔を茹で蛸のように赤くさせて声を荒らげさせた。
「う、う、嘘なんかではないわ! お前が『よいですか』などと辱めるような事を訊くからだ! そんなふうに聞かれて『よい』などと言えるか!」
「しかし『よくない』と仰るとき、兄上の身体が如実に強張って締め付けの力と蠕動の激しさが増すのですから、やはり嘘で…実際は『よい』のでしょう? すぐにバレる嘘です」
縁壱はぐっと手のひらで下腹部を押し込む。
「ンあ゛ッ! お前、不意打ちとは卑怯だ」
「話を戻しますと、兄上はなぜ俺には嘘が通じぬと仰ったのにそのようにわかりやすい嘘を吐くのです?」
コテンと縁壱は首をかしげ「たとえば」と言って巌勝の腰を掴んだ。
「こうやって抜く時も」
目を細めて肉の壁が行かせまいとうねうねと絡みつく、その健気な抵抗を味わいながら、縁壱はゆっくりと男根を抜く。
「ひッ……あ゛っ、ン、ん゛ッ!!」
巌勝が背を弓なりにさせながら身悶えるのを見ながら「ほら、気持ちがいいですね」と指摘した。巌勝はギロリと睨み「とっとと抜け」と言う。
「気持ちが良いということは俺には判るのですよ。他の嘘よりもずっとずっと解りやすい……」
先だけを残してピタリと動きを止める。もっと奥まで咥えこもうとハクハクと動くソコに、縁壱はペロリと舌なめずりをした。
「抜かれるのもお好きですが、本当に抜いてしまうと兄上の身体は寂しそうになさる」
「うるっ……さい゛っ?! ……ッ!」
ぬぷぬぷと太くえらがはった部分の抜き差しを繰り返せば巌勝は嫌だ嫌だと繰り返す。縁壱は顔を寄せて口から垂れる唾液を舐め取り、そのまま巌勝の口を食らう。くちゅくちゅと唾液を交換しあい歯列をなぞって口蓋を擽った。それに合わせて腰もゆらゆらと動かしてやれば、すぐに巌勝の身体は快楽に従順になった。無自覚なのか背に腕が回る。ここまで身体は素直であるのに嫌だと口にするのが不思議でならない。
 ようやく口を開放すると、巌勝の舌が縁壱の口を追う。二人の口を銀の糸が繋ぎ、ぷつりと切れた。
「嫌でしたか?」と縁壱は問う。目をとろんと蕩けさせて快楽を示していた巌勝は、ハッと我に返り「……お前の口吸い、しつこいから、いやだ」と慌てたように言った。
「嘘が下手すぎる」
「うそではない」
 頑なな巌勝に縁壱はムッとして腰を動かし前立腺を刺激する。
「ここは気持ち良いですよね?」
「アッ、は、あ゛っやぁ! い゛ッ! う゛ッ、ッ!」
コンコンと同じ速さで叩き続ければ次第に巌勝の顔が蕩けて口からは甘ったるい嬌声が紡がれる。背に回された巌勝の手が縁壱の背を上を滑り、爪が立てられた。じんとした痛みがやがて熱となり快楽となって縁壱の体中を巡る。たまらなくなって巌勝の顔中に唇を落とし、彼の両方の胸の尖りに手を伸ばした。片方は爪で弾き、片方はぐりぐりと回転させながら擦る。
「ン゛あッ、うゔぅ〜〜」
気持ちよさそうにうめく巌勝にズンと腰が重くなり、ぐるんと腰を回転させ纏わりつく内壁を掻きまぜて深く息を吐く。今すぐにでも出してしまいそうだ。脳みそが茹だっているかのようで、油断をすればすぐにでも理性を捨てて本能のまま腰を振り目の前の愛しい人にありったけの欲をぶつけてしまうだろう。
 でも、今は別の目的がある。

 縁壱は胸を愛撫していた手を腰に滑らせなでさすりながら巌勝に問う。
「兄上。気持ちいいでしょう。こうされるのも…こうされるのも………ここをこう……んむ……ン…こうやって、いじめられるのもお好きだ」
緩慢な抜き差しも、コンコンと前立腺を突かれるのも、口で胸を吸われるのも、全てに巌勝は嬌声を上げる。
「好きでしょう? 気持ちいいでしょう?」という縁壱の言葉に巌勝はコクコクと首を縦に振った。それに気を良くした縁壱は褒めるように頬に唇を落とす。
「だから……教えてください。どうして嘘をつくのです?」
 しかしそれを聞いた途端、巌勝は縁壱の背から腕をおろしてグイと胸を押した。
「兄上?」
巌勝はしかめっ面で、不機嫌そうだった。縁壱はパチパチと瞬きを繰り返す。
「ご奉仕が足りなかったでしょうか?」
縁壱が訊くが「もう、じゅうぶんだ」と目も合わせてくれない。
「でも、兄上がもっとお好きなのは……」
兄の不機嫌に不思議そうな顔をしていた縁壱は「ひと息にココまで挿れてしまうことだ」と言ってトントンと巌勝のへその下を指で叩く。
 ひゅっ、と巌勝が息を飲む音が聞こえる。それは図星に違いなく、それを聞いた縁壱はなぞなぞの正解を言い当てた子どものような顔で「そうでしょう?」とパッと微笑んだ。
「ッちがう!! 嫌だ。やめろ……いやだ、それは……だって……」
しかし当の巌勝は逃げ出そうともがき始めるではないか。縁壱は兄が何故逃げ出そうするのか分からず、巌勝の両手首を掴み頭上で押さえこむ。怯える巌勝の顔を覗き込み「そんなに……お嫌なのですね」と呟く。兄の身体は必死で、嘘は吐いていないようだった。縁壱は眉を下げて考え込む。

 一方の巌勝であるが、ここぞとばかりに猫なで声で縁壱に話しかけた。
「なあ……縁壱。お前はいい子だから、兄さんの言う事を聞けるだろう? ひと息に、お前のモノが奥まで挿れられるのは……私にとって、苦しい……だから、嫌なのだ……」
「苦しい……」
「そうだ。ゆっくりがいい……私は、ゆっくりが好きだ」
「ええ……兄上はゆっくり焦らすように挿れられるのもお好きですものね……」
「っ、〜〜っっ、そうだ、な……だから、だから…」
だから、優しくしてくれ。なんならそのまま抜いてくれ。巌勝はそう言いたかった。しかし言えなかった。縁壱が「分かった!」とでも言うような顔で巌勝に言ったからだ。
「そうか。兄上はこれがお好きという自覚がなかったのか」
「は?」
「嘘を吐いているのではなく、自覚がない……あるいは快楽が行き過ぎて、これが快楽であると分からなくなってしまっているのですね」
「ち、ちが…そうではない……」
「大丈夫です。兄上。兄上のお身体はこれをいつも悦んでくださっているのです。安心して俺に身を委ねていただければ、悪いようにはならない」
縁壱は巌勝の腰をしっかりと掴み、逃げようとする兄を体全体で抑え込む。そして縁壱は巌勝の耳元に唇を寄せた。縁壱の興奮しきった吐息――湿っぽく、熱と欲を孕んだ吐息が耳を撫でる。そこから背筋を伝いビリビリと腰まで快感が走り抜け、ビクンと腰が踊ってしまう。巌勝の目にじわりと涙が溜まった。じんじんと腰に熱がこもり、勝手に縁壱のものを締め付けてしまう。ありありと熱と形を感じ取り、恥ずかしさと気持ちよさで気が狂いそうになる。
「今日は、一つ一つ兄上のお好きなことを確認していきましょうね」
「まっ…て、まって、待ってくれ…!」
「待てませぬ」
その言葉と共に、縁壱は男根をひと息に奥まで挿れた。
 ぐぽっ、と音がした気がした。脳まで貫かれたような、大きすぎる快感。バチバチと目の裏に火花が散って、ふわふわと頭に霧がかかる。じんわりと腰が熱くなり、ガクガクと痙攣を続け身体の制御ができない。
 揺らめく視界に陰がかかる。暗闇そして生暖かさ。明るくなったと思ったら視界いっぱいに縁壱がいた。涙を舐め取られたのだと気づいた。そして快楽のてっぺんから帰ってくるのを待たずにゆっくりと意識を手放した。

 その巌勝の様子を見た縁壱は、ふう、と大きく生きを吸う。
 奥の奥――先程までは硬く閉ざされていたところまで、勢いに任せて全て挿れきった。その瞬間、巌勝の悲鳴とともにぱたた、と彼の腹に白濁が散っていた。彼の身体はガクガクと痙攣し続け、ナカは熱くぎゅうと縁壱を包み込みひだが切っ先を優しく撫で回す。
 そして、ゆっくりと腰を回してからごりゅ、と奥を抉った。
「ッ、カハッ!」
巌勝が目をさます。それに安心して縁壱は話しかけた。
「っ、あにうえ……ほら、兄上はこれがお好き、ですよね?」
脳みそに直接伝えるように、吐息混じりに耳に言葉を吹き込む。
「しゃせい、しちゃったの、分かりますか? 気持ち良かったんでしょう?」
腹に散った精を指で塗り込み、そのままぴちゃぴちゃとなめ取る。苦くて甘い。
「あ、あ……ぁ、ぅ………」
「兄上?」
巌勝はびくびくと震えたままだ。兄の意識を向けさせようとカプリと耳を噛む。巌勝は身をよじり頭を振って快楽から逃げようとした。
「よ、よか…た! きもち、よかったから!!」
「ン……は、あ、ああ……お分かり頂けて、嬉しいです。俺もきもちいい」
うっとりと縁壱は快楽に浸った。そして結合部を指でなぞって「全部、はいったんですよ」と教えた。
「そこ、指……いやだ」
そう身悶える兄の身体は言葉とは裏腹に快楽を得ていることを縁壱に伝える。だから爪でカリカリと甘くひっかきくすぐってやった。すぐに腰に巌勝の足が絡みつき踵で腰を叩かれ「違う」と泣かれる。痛いので仕方なしに指を離した。

「ちが、う……ちがう。気持ちいいのは、全部分かってる……」
巌勝は縁壱を睨んだ。
「気持ちがいいから、いやだ。まるで……色狂いのように、お前を求めてしまいそうで、こわくて、いやなのだ……」
「こわい? 俺を求めることが?」
「はずかしい……恥ずかしいんだ」
「何が恥ずかしいのですか」
「……おればっかり、気持ちよくなることが。おれはにいさんなのに、おればっかり……」
 縁壱はゆっくりと兄の言葉を咀嚼する。ゆっくりと、時間をかけて。そして、兄の言葉を飲み込むと、今度は急激に身体が熱くなった。
「ひっ!」
巌勝は信じられないと言った顔で縁壱を見る。
「な、なんで……大きく……」
「兄上は、いつも俺を気持ち良くさせてくださいます」
「へぁ?」
「俺は兄上が大好きで、こうやって触れ合うだけで、天にも昇る心地なんだ。兄上……ああ、どう伝えたら良いだろう」
 訳がわからないと言ったふうの巌勝に微笑みかけると縁壱は恭しく右の首筋のあざに唇を寄せ、ぢゅうと吸った。
「何も恥じることはないし、怖がることもない。ただ、あなたは俺に身を委ねてくださいませ。兄上が快楽に身を委ねてくださることが俺の歓びで、俺の快楽なのですから」
 何も嘘を吐く必要はない。ああ、でも、あなたの嘘はとても愛らしい。

 縁壱はうっとりと己のつけた跡を見る。これはささやかな独占欲だ。
「………お前の、そういうところ、嫌いだ」
蚊の鳴くような声で巌勝が言う。その言葉はきっと嘘ではない。しかし、とても可愛らしく――そして縁壱を煽るのには十分だった。

「兄上。どうか――どうか『色狂い』の弟にお情けをくださいませね」
そう言って、縁壱は意識的に理性を捨てた。