NOVEL 小ネタ(〜1000)

kiss and


 縁壱はキャラメルが好きだった。それは双子の兄がよくキャラメルをくれていたからだ。
 幼い頃の兄はキャラメルが好きだった。そしてよく縁壱の口にポンとキャラメルを放り込んでくれていた。口の中に広がる甘い味。縁壱がもぐもぐと噛んでいるのを見て巌勝は満足そうに笑い、それからキャラメルを自分の口に放り込むのだ。

「キャラメルをな、歯の裏にな、くっつけるんだ。それでな、ゆっくり舌で溶かす。そうすると長持ちして、ずっと甘くて美味しいんだ」
巌勝はよくそう言っていた。
「でも、虫歯になっちゃいそう」と縁壱は決まって言う。
巌勝はきゃらきゃら笑って「ならないよ」と返した。その顔を見ると顔がじんわりと熱くなり、胸の奥がざわざわとして、縁壱はそれを誤魔化すようにもぐもぐと歯を動かす。そうすると、甘いキャラメルはあっという間になくなってしまうのだ。
「食べ終わっちゃった」
縁壱が残念そうに呟き巌勝は「だから言ったろ」と鼻を鳴らす。
 そしてある時、縁壱はじっとキャラメルを食べる巌勝を見た。まろい頬。柔らかそうな唇。もぐもぐと動いている。喉は細く、輪郭を囲う髪はつややかで、睫毛は震えていた。兄を見ていると口の中に唾液がたまる。やっぱりキャラメル、歯の裏にくっつけて、ゆっくり食べればよかった。そう思った。
「物欲しそうな顔したって、もう無いよ」
縁壱の視線に気づいた巌勝はいたずらっぽく微笑む。
 それを見て、縁壱は我慢ができなくなった。
 縁壱は巌勝の肩を掴むとぱくりと口を食べた。口の中に舌を差し入れて、ぐちゅぐちゅかき回してキャラメルを探す。口蓋を舌でくすぐり、歯列をなぞり、唾液を飲んだ。キャラメルの味がした。その甘さに夢中になっていると、巌勝の口の端から唾液が垂れる。縁壱は勿体ないとばかりに舌で舐め取った。それに驚き我に返ったらしい巌勝は縁壱をドンと押して「何するんだよ」と怒る。
「……欲しくなっちゃったから」
縁壱が言う。
「だからって、キスすることないだろ」
巌勝が怒る。
「キス?」
驚いて縁壱が訊き返すと、巌勝は顔を真っ赤にさせて、ファーストキスだったのにと文句を言った。
「俺も、ファーストキスだった」
ふと思い出して縁壱が言う。それを聞いた巌勝はますます怒ってしまって、それから二時間ほどは口も聞いてくれなかった。
 そのことを大人になった今でも縁壱は忘れられずにいる。