さよならの前 最後に八つ当たりをした
あの頃の巌勝は何かに駆り立てられているようだったと縁壱は記憶している。残された命の長さを知り未来のことをよく口にするようになった、と。しかしながら彼の口にする『未来』はどこか空虚であった。
「兄上。鬼狩りの――我々の未来は明るい」
縁壱は兄に言った。そして縁壱を見つめる瞳に吸い込まれるように唇を重ねる。ちゅ、という軽い音。巌勝の瞼が震えた。
「そうは思えない。未来の話をするのは、酷く虚しい」
巌勝は力なく言う。それから深いため息をついて「おいで」と縁壱の顎を擽った。
「よろしいのですか?」と縁壱が問う。
「そのような物欲しげな目で、手付きで、口吸いで、何を言う」と巌勝は嘲笑った。
「残された数少ない日々を他でもないお前の為に、うたかたのように過ごしてやると言っているのだ。ありがたく思えよ」
縁壱はこれ以上兄に何も言ってほしくなくて、その唇を奪った。
「義務を忘れた者は滅んでしまう」
情事の後の巌勝が、気だるげにポツリともらした。縁壱はその言葉をはかりかねた。きょとんとした様子の縁壱を見た巌勝はため息を漏らし、もう一度言う。
「義務を忘れた者は、滅んでしまうのだ。縁壱、忘れるなよ」
その時の自分はどう返事をしただろうか。今となっては覚えていない。