wakey-wakey!
縁壱は隣で眠る巌勝の頬をじっと見つめた。
穏やかな寝顔が綺麗だ。ほんの少しだけ癖のある黒髪が綺麗だ。存外に長いまつげが震えているのが綺麗だ。僅かに開けられた薄い唇の形が綺麗だ。産毛が朝陽に透けてきらきらと光っていて綺麗だ。
兄を構成する何もかもが綺麗だ。
縁壱は、ほう、と息をつく。カーテンから差し込む朝陽は柔らかく、まるで世界から祝福されているようだ。
完璧な誕生日のはじまりだった。
巌勝は多忙だ。議員秘書に休日など、プライベートなど存在しないと言っても過言ではないのかもしれない。幾度となく彼の上司からの電話に兄弟の時間を引き裂かれてきた。自分ではなくあの男を優先させる姿は思い出すだけで苛立たしく思うが、今だけは違う。他でもない巌勝が、縁壱の為だけに時間を捻出したのだ。
それは巌勝から縁壱への誕生日プレゼントなのだという。電話の電源はオフにして、縁壱にだけ意識を向けてくれる。冗談で縁壱が言った「誕生日には兄上の一日をくださいね」というのを律儀に覚えていたらしい。それが何よりも嬉しかった。
もっとも、それを告げられた昨夜は嬉しさのあまり少々はしゃぎすぎてしまったことは否めないが。一糸まとわぬ姿の兄の、鎖骨や手首に見え隠れする歯型やキスマークに「これはたっぷり怒られるな」と苦笑する。
縁壱は巌勝の頬をそっと撫でた。
「……あにうえ、兄上……朝です。起きてくださいませ」
「んー……」
巌勝はむずかるように眉を寄せ寝返りをうち、縁壱の方に身体を向けた。ドキリと縁壱の心臓が跳ねるが巌勝が起きる気配はない。縁壱は再び巌勝の寝顔を間近で眺めた。
「兄上、起きないと一日が終わってしまいます。いたずらしちゃいますよ」
そっと囁く。少し開いた口元から赤い舌が覗いている。縁壱はごくりと唾を飲み込んだ。規則正しい巌勝の寝息が指にかかっているのが擽ったく、そしてやけに熱く感じられた。
「…………」
縁壱は少し考える。もぞもぞと巌勝に近づき額と額とを合わせた。至近距離で見つめる。まだまだ巌勝は眠りについたままだった。
「本当に起きないのですか」
独り言とも問いかけとも言えぬ自身の声の熱っぽさに嗤い、そしてぺろりと乾いた己の唇をなめた。
「兄上、お口、もっと開けて」
耳をするりと擽りながら縁壱が言うと、無意識だろうか、巌勝の口が少しだけ開かれた。「良い子」と囁きもう片方の手を伸ばし唇を指でふにふにとつつく。そしてぷつりと指を差し入れた。ピクリ、巌勝の身体が小さく跳ねる。
「んっ…ひ、ぅ……んむ」
眉根を寄せて喘ぐ巌勝に「力、抜いてくださいね」と囁き、指を第二関節まで挿入する。すると巌勝の舌が異物を押し戻そうとするのを感じた。柔らかく包み込むような感触が心地良い。指をぐるりと動かせば鼻に抜けたクンクンという子犬のような声をあげて悩ましげに身をよじる巌勝に、縁壱は思わず息を漏らす。
「兄上の中、気持ちいいです」
ゆっくりと指をひくと巌勝の唇と舌がそれを嫌がるようにちゅぱちゅぱと吸い付いてくるのがたまらなかった。
ちゅぽん、と音を立てて指を抜く。
「あふ…は、ぁあ……」
眉を寄せる巌勝の顔は紅潮し始めていた。口からはだらしなく舌を出していて唇は唾液でてらてらと光っている。
「俺の指は美味しかったですか?」
巌勝の唾液まみれの指をしゃぶってから目を細めて笑った。
「あにうえ……まだ起きないんですね」
心配だなぁという言葉とは裏腹に、その声は酷く楽しげだ。
そして今度は二本の指を挿入した。今度はそれほど抵抗感はなかった。奥まで挿れてしまうと巌勝は少し苦しげな声を上げる。
「んっ……んむ……っ、ひぅ……」
じゅるじゅると唾液が溢れ、口の回りはべとべとだ。しかし縁壱は夢中になって抜き差しを繰り返し、舌を二本の指で挟むとくにくにと捏ねた。
「はぅ、ふ、ぅ………うぅ〜〜」
巌勝は苦しげに、しかし甘く呻いていた。顔は真っ赤に染まり身体はピクピクとひっきりなしに跳ねている。それでも彼の瞳は閉じられたままだ。
――――どこまでしたら兄上は起きるのだろう。
「実は起きてる……というわけでは無いんですよね?」
縁壱は片足を巌勝の足の間に割り込ませた。触れた巌勝の素足の感触に昨夜のことが思い出され、背筋に甘い痺れが走る。同時にむくむくと嗜虐心が湧いてくるのを抑えられなかった。縁壱は三本目の指を差し入れ、絡みつく肉壁をぐちゅぐちゅと掻き回すようにバラバラに動かす。
「ん゛っ! ふぅ、は、あぅっ」
巌勝は首を反らし身体を強張らせ、じゅうと縁壱のそれに吸い付いた。内部の熱く柔らかい肉壁と入口の強い締め付けに縁壱の口角が上がる。
「ちゃんと、しゃぶって? 俺の指が好きでしょう?」
甘く囁きながら縁壱はコリコリと天井を優しく引っ掻いた。ビクビクと巌勝の身体が震えるのに合わせて彼の足に挟まれた己の太腿をゆっくりと動かしてやる。同時にもう片方の手を巌勝の太腿に這わせた。その誘導のとおりに巌勝は足を縁壱の腰にまわし、二人の身体はますます密着した。
ぬちゃ、と水音が響く。
「えっちだなあ」
縁壱は指を動かしながら言った。
と、その時だった。縁壱の指に鋭い痛みが走る。
「ッ――、おはよう……ございます」
見れば巌勝が両目に涙を浮かべながらも縁壱を睨みつけていた。
「痛いです」
縁壱は眉を下げ、努めて哀れっぽく訴える。でなければ顔がにやけてしまいそうだったからだ。だが、ぐちゅぐちゅと中をかき混ぜる指の動きは止めなかった。巌勝は牙をむいてふーっと威嚇するように鳴く。縁壱は宥めるようにべろりと巌勝の頬を舐めあげた。巌勝はぎゅうとシーツを握りしめ縋るように縁壱の腰に回った足の力を強める。
「ああ、そんな………可愛いことをしないで」
三本の指で巌勝の舌をとらえ、ゆっくりと口から指を引き抜く。舌を引っ張られる苦しさに巌勝は目を細める。腰が揺れているのは無意識だろう。それにほくそ笑みながら縁壱は舌を指で扱きあげながら解放してやった。
「あふ……は、ぁ、……おまえっ、んっ、んむ!」
巌勝は不機嫌な声をあげるが、すぐに縁壱が腔内に舌をいれたために言葉を紡ぐことはできなかった。
舌で歯列をなぞり、頬の内側を舐め、舌と舌とを絡めあった。散々なぶられていた腔内は過敏に性感を呼び覚ます。巌勝はとろんと瞳を蕩けさせ、されるがまま与えられる快感を享受するしかなかった。
そうしてようやく解放されると巌勝は肩で息をしながらゴシゴシと手の甲で唇を拭いながら「けだもの」と縁壱を詰った。
「でも、兄上も良さそうでしたよ?」
からかうような縁壱の言葉に巌勝は唇を歪める。そして縁壱を推し倒し馬乗りになった。
縁壱はぱちぱちと瞬きを繰り返し巌勝を見上げる。へそを曲げることは想定していた。もう知らん!と縁壱を無視しようとする兄を懐柔して一日甘やかしてやろうと、そう思っていたのだ。ところが、どうだろうか。
「……お前だけ楽しむなど、許さない」
巌勝は腰を揺らめかせて言う。
「あにうえ?」
縁壱は顔がにやけるのが止められなかった。すると巌勝は「その顔、やめろ」と縁壱の鼻を摘む。ふぎゅ、と間抜けな悲鳴をあげ、縁壱は伺うような視線を巌勝に送った。
「………今日は私の誕生日でもあるのだから、私の好きにさせろ。いいな」
すると巌勝は顔を耳まで真っ赤にしてそう告げる。
ああ! なんて可愛い人なのだろう!
縁壱は「勿論です」と応えて巌勝に手を伸ばした。その手は無情にもペシンと払われてしまったが、その甘い痛みに縁壱は酔いしれるのだった。