最後に踊る時は
兄上は優しい人だった。いつも俺に対して優しかった。
しかし、俺を甘やかす時はいつも後ろめたいことがある時だった。それは優しさではなく、俺を騙す時に使う。俺は兄上に弱いので、兄上が甘やかしてくれれば何でも言うことを聞いてしまう。兄上の言いなりになってしまうのだ。
思えばその日もそうだった。夜に出かけようとする兄上を引き留めると、兄上はことさら優しい顔で俺を抱きしめた。そして甘やかしてくれた。苦しそうな顔をすることが多かった兄が、どこか興奮したような――しかし吹っ切れたような顔をしているから嬉しくて、欲望のまま兄を求めた。そんな俺を兄は笑っていた。――きっと、嗤っていた。
「最期の時まで一緒にいてくださいますか」俺は訊いた。
「ああ、勿論だ」兄上は言った。
「約束ですよ」
俺は小指と小指を絡めた。そして俺は愚かしいことに幸せな眠りについた。
兄上とはそれっきりだった。
兄上は優しい人だった。しかし兄上が俺を甘やかす時は俺を騙す時だった。俺は兄上に騙された。
だが、こうも思う。
兄上はどんな時でも約束を違えることはしなかった。だから俺の最期はきっと兄上の側にいる。兄上の最期もまた俺の側だ。
俺は笛に唇を落とす。夜空には月は出ていなかった。