NOVEL short(1000〜5000)

ゴーストライター


 縁壱は新進気鋭の若手俳優だった。
 華やかな容姿と優れた身体能力でデビューから抜擢が続き映画・ドラマ・舞台と活躍する若手の注目株である。

 そんな彼は非常に口下手であった。
 正確には誤解されやすい。言葉少なな性格と感情が表情に出にくいためである。それ故にトークを求められる仕事は極力控えている。特に彼を知る人からすれば彼がSNSを利用するなど炎上してくれと言っているようなものだと思っていた。

 しかしファンというのは応援している俳優の露出、そしてたとえ作られたものと分かっていたとしても素顔が垣間見える投稿があれば嬉しいものだ。
 そうであるからして縁壱の事務所は写真付きのSNS投稿を義務付けていた。ファンサービスも立派な仕事の一つというわけだ。

 事務所からSNS利用を命じられてからしばらく彼の公式アカウントは更新も少なく投稿も告知のみであった。
 しかし少しずつ写真の投稿を増やすようになっていった。写真以外の投稿も増やした。当たり障りのない投稿がほとんどだが、ときおり共演者とやり取りをして“ファンサービス”をしてみせた。
 彼のファンは熱心に彼の投稿にハートマークを送り、絶対に彼が炎上すると思っていた友人らはホッと息をついたものだった。


 その日も縁壱の公式アカウントは出演舞台作品の中日に楽屋で共演者と撮った写真を投稿していた。
 ポンポンと拡散されハートマークの数が増える。縁壱はにやにやと口元を緩めその様子を見つめ、彼の裏アカウントから自身の投稿にハートマークを送り満足げにアプリを閉じた。

 その様子を見てこれみよがしにため息をついたのは楽屋に来ていた巌勝である。彼は縁壱とは違い芸能界とは無縁の一般人だ。縁壱は巌勝が舞台を見にきている時は必ず楽屋に寄って貰っていた。

「誤爆には気をつけろよ」
「これは“兄上の投稿”をいいねする為の鍵アカウントだ。誤爆したって問題ないでしょう」
縁壱は鏡越しに巌勝を見つめて微笑む。鏡越しの巌勝はもごもごと口元を動かし、それから再びこれみよがしにため息をつく。

 その日の投稿は舞台メイクを施した縁壱が鏡越しに写る自分を撮ったものだった。

 しかし、写真を撮らせ本文のテキストを書いたのは巌勝だ。
 それどころか縁壱のTwitterの写真やテキスト――本人が投稿しているように見える投稿のほとんどが巌勝の手によるものだった。
 何の写真をどんな言葉とともに投稿すべきか困り果てた縁壱を見かねて「一回だけだぞ」と手を貸してしまったのが間違いだった。それ以降、ずっと巌勝は縁壱の公式アカウントを運営するはめになってしまっている。

 巌勝自身も「縁壱が炎上するよりは…」と半ば諦めていた。縁壱に一度自分で投稿を任せたところ「兄上と私」の四文字と共になぜか幼少期に頬をくっつけハグしている写真を投稿されたのがトラウマになっているのだ。ちなみに一応巌勝の顔はうさぎスタンプで隠されていた。


「Twitterは凄い。兄上がこんなに私を撮ってくれる……」
頬を赤らめ縁壱は言う。彼にとっては兄がああでもないこうでもないと自分を構い倒し、機嫌次第ではプライベート用にツーショット写真まで撮ってくれることもある至福のひとときであった。

「馬鹿者」
と巌勝が縁壱の額を指で弾く。
「いたいです」
「痛くしたんだ」
 縁壱はムッとした顔を作ろうとするが、口元が緩むのを抑えきれなかった。



 彼の公式ツイッターに「兄上からデコピンされて嬉しかった」という怪文書が投稿され、三十分後に削除されたのはその日のソワレ公演後のことだった。