秘書しぼ〜小ネタ8
ドサリと渡された資料の山に獪岳は目を剥いた。
「これを………頭に入れておけ。………編入前までにだ」
黒死牟の声が非常に重くのしかかる。内容は各生徒の情報である。顔と名前、クラスと所属の部活、それから両親の職業だ。産屋敷家に親しい者はより細かい情報が記載されている。単純に情報量が多すぎる。
ごくりと唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえた。
獪岳は黒死牟に拾われ鬼舞辻議員のもとで働いている。議員の筆頭秘書である黒死牟に拾ってもらった恩義を感じていないわけではないし、彼の推薦でスパイとしてキメツ学園に編入することになった時にはその期待に応えるのだと意気込んでいた。
それにしたって、この量なのだ。
「……全ての生徒を覚えろとは、言わない。…………。……が、これぐらいは叩き込まなくては………お前を送り込む意味がない」
獪岳は唇を真一文字に引き結び頷く。すると黒死牟は少しだけ首を傾げてみせた。さらりと後頭部で結われたたっぷりとした黒髪が揺れる。
「出来ない者には……任せない」
「……! はいっ!」
今度は力強く頷いた。
黒死牟は口元に笑みを浮かべ獪岳の肩をぽんぽんと叩く。
「諜報活動と共に……勉学にも励むように………。……あの方にお仕えするのだからな」
勉強のことを言われ、思わずうっと言葉に詰まってしまう。
あからさまに顔を歪めた獪岳に黒死牟はくすくすと笑っていた。それが気恥ずかしくて、獪岳はちぇっと口をへの字にさせる。
生真面目で、完璧主義で、厳しくて、どこか冷たく怖い人。しかし自分のことを気にかけてくれる人でもある。
「見ててくださいよ。きっと黒死牟さんも驚くような手柄を立ててやりますから」
そう言うと、黒死牟はひょいと片眉を上げてからうっそりとほほえみ、それから「口先だけにならぬように」と釘をさした。
獪岳はへへ、と笑ってパシンと頬を叩き気合を入れて資料に向き合った。