NOVEL short(1000〜5000)

よたばなし


 巌勝の言い分はこうだ。  
「弟は三年前、空飛ぶ円盤に攫われてしまった時の後遺症で私と性交しなくてはならない体になってしまったのです」

「ははは。さてはお前莫迦だな?」  
無惨はそれをバッサリと切り捨てた。


 三年前と言えば、空飛ぶ円盤が夜中に牛を攫う事件が多発し夜間外出禁止令が出ていた頃である。あの化け物はそれを無視して円盤に攫われたのか莫迦め。そう無惨は思った。  
 しかしそれよりも何よりも巌勝を  
「そんな後遺症があってたまるか。お前は莫迦か」  
と罵らずにはいられなかった。一番の部下は弟絡みになるとポンコツになるがここまでポンコツだと知りたくなかった。  
「いや、しかし……あの弟がそう言うのです」  
巌勝は頑なだった。

 巌勝が言うには三年前に縁壱は三頭のホルスタインと共に空飛ぶ円盤に攫われたそうだ。ちなみに夜間外出禁止令が出る前日のことだったらしい。  
 ふわっと浮かぶホルスタインに混ざってふわっと浮かび円盤に吸い寄せられる縁壱は他のホルスタインのように無表情だったということだ。呆気に取られていた巌勝は正気を取り戻すのに十分ほどかかり、その五分後に、ふわっと円盤から縁壱が返された。  
「縁壱! 大丈夫か?!」と巌勝が慌てて駆け寄ると  
「…………間違えたそうです」と縁壱は言った。  
「何がだ?!」  
「ホルスタインと間違えたそうです。だから、返されました」  
「お、お、お前の何が不満だというのだ」  
 その夜の空飛ぶ円盤の被害は三頭のホルスタインのみとなった。病院で様々な検査を受けたが幸いにも縁壱に健康被害はなかったそうだ。

「なんだ。あの化け物は牛と間違えられたのか。円盤も奴をそのまま連れていけばよいものを」  
「仰る通りで。弟は人格者で……神に愛された男。なのに、円盤は、何が不満で弟を返したのでしょう……?」  
「………。強いて言うなら円盤はお前ではないからだろうな」  
巌勝はきょとんとした様子で「はあ……なるほど……?」と言っていた。


 さて、検査では縁壱に異常は見られなかったがその日を境に縁壱の様子は変わってしまったらしい。  
 まず異変があったのは円盤から返された直後だったそうだ。  
「兄さんがついている。安心しろ」  
そう言って巌勝が縁壱を抱きしめ背を擦ると「あっ」と声を上げたらしい。それはもう甘い声だったという。  
「……縁壱?」  
と巌勝が訝しむと、  
「申し訳ありません………いえ……その……もっと、抱きしめてくださいますか?」  
と言って巌勝の胸に頬ずりしたらしい。  
「その……えっと……後遺症。そう、後遺症で……兄上に抱きしめて頂かないと……苦しいのです」  
「それは、辛いな」  
巌勝はぎゅっと抱きしめて背を擦った。腰に当たる縁壱のモノの存在に気付いていたが「申し訳御座いません。勃ってしまいました………後遺症のせいで」と泣きそうな顔で言われてしまったそうだ。  
 かわいそうな縁壱。巌勝は縁壱の気が済むまで黙って抱きしめ続けた。

 その次は一週間後だった。  
 草木も眠る丑三つ時に縁壱は巌勝の部屋を訪ね、眠る巌勝を起こして  
「お願いします。俺と性交をしてください」  
と土下座をしたそうだ。ぎょっとした巌勝が理由を訊くと、泣きそうな顔で縁壱は後遺症だと言ったらしい。

「円盤に攫われた後遺症です」  
「……後遺症で?」  
「ええ。……えっと、その……死にます…」  
「性交をしなければ?」  
「はい。性交をしなければ死にます」  
「………性交すれば、死なないのだな」  
「……………はい」

 涙声で言う縁壱があんまりにも哀れだった。  
 巌勝は自ら服を脱ぎ「お前のような者がこんな目に逢うなんて」と呟きながら縁壱の手を取り己の胸へと導いた。  
「私ができることであれば、なんだってしてやる」  
そう言うと、縁壱は顔を真っ赤に染め上げる。  
「キスしても?」  
と訊くので  
「お前が望むなら」  
と答えた。縁壱はそれを聞いて巌勝の唇に勢いよく唇をぶつけた。唇に歯が当たって少し痛かった。  
 その日が初夜だったそうだ。

 それから何度か体を重ね、つい先日の夜に縁壱は早口で言った。  
「実はこの後遺症はただ性交すればよいというものではなく好き合う者同士の性交でなければなりませんでしたさもなくば初夜に死んでしまいます」  
「えっ」  
「俺は兄上のことが好きです」  
息を飲む巌勝に縁壱は続けた。  
「そして兄上は俺のことが好きなのです」  
「私は、お前のことが……?」  
「俺が生きていることが何よりの証拠です兄上は俺のことが好きなのです」  
「私は、お前のことが、好き……」  
言われてみれば、そんなような気もした。  
「もし私がお前のことを好きだとして、どうすれば良い?」  
と巌勝は訊く。  
「簡単なことです。後遺症のための治療が、とても幸せな行為になるだけです」  
そう言って縁壱は巌勝にキスをした。触れるだけのキスだ。  
 巌勝はばくばくとうるさい心臓をおさえながら「お前に死なれると困るから」と言って縁壱の首筋をかぷりと噛んだ。



「………そういうわけですから、弟の弱点は……後遺症です」  
「莫迦かお前は。私はあの化け物の弱みを教えろと言ったのだ。惚気けろと言ったわけではないわ」  
無惨は額に血管を浮かばせながら巌勝にそう言うものの  
「のろけ…?」  
と巌勝はキョトンとするばかりだ。惚気けた自覚すらないこの部下に珍しく殺意に近いいらだちを覚え  
「まあいい。継国縁壱の弱みがお前だということはよく分かったからな」  
と無惨は鼻を鳴らすのであった。  
 巌勝はやはりキョトンとしたまま「はあ」と間の抜けた声を出していた。