蜜戯
巌勝は酒に強い方ではない。むしろどちらかと言えば弱い。
しかし彼自身はそれを自覚していなかった。なぜならば彼は節度ある飲み方しかしたことがなかったからだ。幸運にも彼に酒を強要する者がいなかったことも、自覚していなかった原因の一つと言える。
そして巌勝は今現在、酔っ払っている。それも良くない酔っ払い方だ。
鬼退治の礼として酒の席に呼ばれ、たらふく飲まされることは鬼狩りたちにとってままあることである。勧められるがままに酒を飲み醜態を晒す剣士は少なくない。
その夜も例にもれず巌勝は鬼の被害を受けていたとある商人からの勧めを断り切れず酒を振る舞われたというわけだ。鬼狩りが礼として振る舞われる酒は質の良い酒ばかりではない。
巌勝の頬がほんのりと薄紅に染まりとろとろとしだす切れ長の目を見た若い剣士が気を利かせて無理やりお開きにさせたのだ。
酒精はふわふわと気分を良くさせ判断を鈍らせるばかりでなく、碌でもないひらめきを天啓かのように与えてしまうものである。それは平生は謹厳実直を絵に描いたような彼も例外ではない。若い剣士はその事を知っていたから無理矢理にでも巌勝を私邸へと帰したのだった。
酒精により正気を失った巌勝はまず体の火照りを不快に思った。自室に戻ると襦袢に着換え下帯を取り去り窓を開ける。夜風で火照った身体を冷やそうというのだ。
ふわりと頬を撫でる夜風は心地よかった。巌勝は上機嫌で目を細める。
しばらく夜風にあたっていると、ふと満月が目に入った。
弟の縁壱に助けられたあの夜に見た満月とよく似た大きな白い満月だった。
弟。
縁壱。
気持ちよさそうに目を細めていた巌勝は、一転、眉をひそめ下唇を突き出し拗ねたような顔をつくる。
縁壱の顔を思い浮かべると胃の奥がむかむかとした。妬み恨み憎んでいるが同じぐらい愛おしくもある弟。愛おしいから恨めしくて、憎らしいほど愛おしく、巌勝の心を乱す男。
酒精にやられた巌勝の脳みそは頬を朱く染め「お慕いしております」と囁く姿は穢れを知らぬ乙女の如き清らかさである、と憎くて愛おしい弟を讃美する。たとえ幾夜その弟から全て奪わんとばかりに熱く激しく肉欲のままにその身を貫かれていたとしても、その事実は清らかさを毀損するものではなかった。
そう。彼らは夜になれば肌を重ねる仲であるのだ。巌勝の住まいに入り浸る縁壱は鬼狩りの任務のない夜は巌勝のもとに赴き朝まで彼を抱く。
巌勝は縁壱から与えられる熱を思い出して身体を火照らせた。夜風ではおさめることのできない火照りだった。
己ばかりが翻弄されている、己ばかりが淫奔となり縁壱は清いままでいる。巌勝は半ば理不尽とも言える怒りを抱え舌打ちをした。
そして酒精にやられた脳は碌でもないひらめきを巌勝に与えた。
そうだ。それならば、今宵は私が奴をいたぶってやろう。ちょっとした悪戯さ。何をされたって奴は清いままなのだから、ほんの少しでも動揺する姿を見ることができたなら少しはこの胸のむかつきもおさまろう。そうだな、ご立派な奴の逸物を足で可愛がってやるか。
そろそろ縁壱が彼のもとを訪れる頃だ。もはや体の火照りすらも心地よい。
再び上機嫌になった巌勝は碌でもない“悪戯”に心を踊らせながら憎く愛おしい弟を待った。
***
何だこの状況は。と縁壱は焦っていた。
水音と二人分の熱のこもった息遣いが部屋に満ちている。
眼の前には両手を後ろについて上体を支えながら両脚を縁壱の股の間へと伸ばす巌勝が悪戯っぽく笑っている。
縁壱が「兄上っ!」と咎めるような声を出しても
「にいさんに、すべてまかせなさい」と舌っ足らずな口調で返される。縁壱の肌がぞぞぞと粟立った。
その夜は巌勝が少々酒に酔ってしまったようだと彼に随従していた剣士から伝えられていたため顔だけ見せるつもりだった。
それなのに巌勝は縁壱を見るなり嬉しそうにほほえみ口づけを強請った。縁壱は「いけません」と言って巌勝を押し退けるも「この兄の誘いを断るのか?」と言われてしまうとどうしようもない。
「ん……ふふ。いつも、私をすきかってするくせに。わたしからの誘いは断るなど」
楽しそうな声。からかわれている。
「兄上。お戯れはお止めください」
「だって、わたしは今、おまえとひとつになりたい」
「っ、ン……!」
唇を奪われ、舌をねじ込まれてしまえば、もはや縁壱になすすべはなかった。
縁壱は巌勝を前にすると我慢がきかなくなる。そのような振る舞いは兄の嫌うところであると判っていても抑えられなかった。
幼い日より抱えた恋を若い身体は即物的な欲求へと変換させてしまう。それを恥じる一方で、巌勝がそれを受け入れてくれていることに仄暗い歓びを得ているのも確かだった。
そんな縁壱が、巌勝からの誘いに流されてしまうのは当然とも言えた。
兄の舌が縁壱の腔内を我が物顔で舐め回し唾液を送り込む。兄が深い口づけをしていると思うとぞくぞくと背筋に電流が走り何も考えられなくなった。
抵抗する気もどこかに行ってしまい、二人の混ざりあった唾液を飲み干すと唇が離れる。名残惜しく巌勝の顎を舐めるとあえかな吐息が漏らされた。
そして縁壱が巌勝を押し倒さんと肩に手を触れたその時、「だめだ」という存分に甘さと毒の孕んだ巌勝の声とともに押し倒された。
「え?」
と縁壱が目を見開いて固まっている間に巌勝は器用に縁壱の着物を脱がせ下帯までポイと取っ払ってしまう。
「え、え……? あにうえ、一体これは……あ、ああ?!」
ずくん、と下半身に感じる鈍い痛みと快楽。手をついて上半身を起こすと己の股に伸びた兄の足が、腹の方へ押し潰された己の男根が、そして嗜虐的に笑う楽しそうな顔の兄があった。
「ふふ……これもまた一興だろう?」
あまりに淫靡な兄の笑みに頭痛がした。
「……返事」
「ひゃうっ!」
低い声とともに足の指先が亀頭をぐりぐりと刺激する。
縁壱は「ひゃい……」と弱々しく返事をした。巌勝は「ん」とだけ言った。酷く満足げだった。
ねちねち、ぬちぬち、という水音が縁壱の鼓膜を犯す。どくどくと心臓が激しく脈打ちそのまま男根へと血液を集中させていくのが分かる。
巌勝の片足は丸めた足先であふれる淫液を撫で付けるようにくるくると男根の先を刺激し、もう片方の足は精嚢を指先で揉み込む。まるで甚振る様な意地悪な刺激だ。縁壱の男根はヒクンヒクンと健気に震え、口の中には唾液がたまる。
「きもちいいか?」
巌勝が訊く。
「あっ、はぁ……あぅ、う」
口を開くと情けない声が出そうで返事ができない。
すると巌勝は先走りで濡れた親指と人差し指の間に男根を挟み雁首をこりこりと刺激し始めた。縁壱は「うぎゅぅ」と喉の奥から声が漏れ、思わずパシと手のひらで口をおさえる。
「へんじ」
「きもちっ、いぃ、気持ちいいです!」
「宜しい」
意地悪な巌勝の声と共に雁首から裏筋へと足が滑り、じゅこじゅこと激しくしごきあげられた。がくんと首をそらせ喘ぐと精嚢を揉んでいた足の指が鈴口をぐちぐちと捏ね、ぎゅむ、と腹へと男根を踏み込まれる。その度にぴゅく、と先走りが吐き出された。
「は、ぁ…は、はは……よりいち、きもちいいな…」
過分に吐息の混ざった声に彼も興奮しているのだと縁壱は生唾を飲む。
快楽で涙のにじむ視界を動かし、そして縁壱は、ぶる、と身を震わせ口からはボタボタと唾液を垂らした。
縁壱の男根をなぶる足の付け根、着崩れた襦袢から覗く股の間には彼の男根が頭をもたげ淫液を垂らしていたのだ。
―――兄上が、興奮している。欲情している。俺に。
そう思った途端びくびくと全身が震えた。
「……ッ!!」
息をつめて目を見開き縁壱は果てた。
頭がふわふわとして霧がかかったように不明瞭になる。はふはふと息をしながら下腹部を見ると己の吐き出した白濁が巌勝の足を汚していた。
たまらなくなって、巌勝の足を汚す精を塗り込む。
すると、ぶるりと足が震え「ぅあ……」と巌勝のうめき声が聞こえる。見れば、巌勝は真っ赤な顔で己の足を凝視していた。
彼の小さな口はふるふると震え真っ赤な舌を覗かせ、切れ長の目は大きく開かれ水の膜を張っていた。その瞳の中でゆらゆらと揺れるのは情欲に違いない。
縁壱は急激な飢えを感じた。
「とても、よかったです」
そう言って夢見心地で上体を起こして前に、つまり巌勝の方へと倒れ彼の膝をなめあげる。
「ひっ、」と巌勝は小さく悲鳴を上げて伸ばしていた足を折りたたみ縁壱の舌から逃げた。
その瞬間、巌勝に隙が生まれた。
縁壱が足首を掴み肩にかけ、ぐらりと巌勝の身体が傾く。その瞬間にトンと胸を押せば彼は背を強かに床に打ちつけた。
「……しつれいいたしました」
口先だけで謝りながら肩に乗せた足を口元に寄せる。
「っ、よりいち、止めっ」
焦ったように静止を求める兄の声を無視して縁壱は足の指をなめしゃぶる。
「はう…あ、あ、あ……!」
もどかしい刺激に感じ入る巌勝の声に興奮し、夢中でちゅぷちゅぷと音を立て親指を銜え、ぢゅるると自分の吐き出した精を啜った。指の一本一本を舐め土踏まずを舌全体で味わいながら手を腿から尻に這い上らせ揉みしだく。
ちゅぽん、と音を立てて足を口から解放する頃には縁壱の男根は再び勃ちあがっていた。
それを凝視する巌勝は「あ、あ、あ……」と意味のなさない母音を口からもらし、かわいそうなほど小刻みに身体を震えさせていた。おそらく酔いが覚めたのだろう。
しかし縁壱にはこの兄を逃すつもりはさらさらなかった。
「兄上はいつも縁壱を極楽に連れて行ってくださる」
そう言ってすりすりと巌勝の胸に頬ずりしながら彼の勃ちあがった男根を指先で擽る。堪らないとばかりに首を左右に振る巌勝に、縁壱は、はあ、と熱い吐息をもらし淫液に濡れた指先をその奥の孔の縁をくるくるとなぞった。
「ここは勿論」
と言ってとんとんと叩くと巌勝は大げさなほど肩を跳ねさせ、ひっ、と引きつったような声を出す。それを無視して縁壱はもう片方の手で巌勝の手を握る。
「この手で慰めていただく時も、です」
ぎゅ、と握った手を口に寄せた。巌勝の見開いた目からぽろりと涙が溢れる様子が可愛らしくて、自然と笑みが溢れる。
その笑みを見た巌勝が、肩を震わせるのも首から耳まで真っ赤にさせているのも、どれもこれもが愛おしい。
縁壱は高ぶる想いのまま吸い寄せられるように巌勝の唇を奪い腔内を舐め回した。上顎をくすぐり歯列をなぞり唾液を交換し合う。それをすると巌勝は縁壱に対してとても“素直”になることを知っていた。
巌勝がこくこくと混ざりあった唾液を飲み込むのを確認して唇を解放する。銀の糸が二人をつなぎ、ぷつんと途切れるのを縁壱はうっとりと見つめていた。
「それから、この口で慰めていただく時も……俺は至上の快楽を知ります」
吐息混じりに言葉を巌勝に吹き込み、ひくつく孔につぷ、と指をニ本挿入れて入口を広げる。
「兄上がお口いっぱいに頬張ってくださるのが……苦しそうで申し訳なく思うのですが……とても、嬉しゅうございます」
そして縁壱は耳元で囁く。
「今夜は、どのようにご奉仕いたしましょうか? どこで俺を味わって頂けますか?」
兄は堪えられないというようにパタリと意識を失った。縁壱はふわりとほほえみ「かわいい」と呟く。
そしてぐぢゅんと激しく指を動かした。
「あ゛っ、やぁあ、あ゛!」
過ぎた快感に悶る巌勝の声が響く。それでも縁壱は指の動きを止めない。
だってまだ満足していないのだ。
縁壱も、そして巌勝自身も。
翌朝、巌勝が縁壱から厳しく禁酒を言い渡されたのは言うまでもないことである。
ぐうの音も出ない巌勝は激しい後悔と腰の痛みに顔を真っ赤にさせながら、掠れた声で「うん」と返すことしか出来なかった。