縁壱くんと幽霊
縁壱の子ども部屋には真っ赤な風船がある。遊園地に行ったときに買い与えられたものだ。
風船は天井に頭をつけて糸を垂らしながら持ち主の子どもには放置され、所在なさげに空気が抜けるのを待っている。
縁壱はときどき糸を指で弾いて遊ぶが買い与えられた時のように外に風船を連出し歩くことはない。
さて、縁壱の部屋には赤い風船の隣にぷかぷかと浮いているものがもう一つある。
幽霊だ。
幽霊なのか妖怪なのかは不明であるが、紫の着物の男が浮いているのだ。
幽霊の基本形は若い青年の姿。黒く長い髪の毛をポニーテールにしていて額と首筋に痣がある。ちなみに額の痣は縁壱とおそろいだ。たいてい正座をしながら風船と同じように頭を天井につけて浮かんで目を閉じている。
次に幽霊が気まぐれに取る姿は6歳ぐらいの少年の姿だ。この時もやはり紫の着物姿でぷかぷかしている。
その次に見る姿は、基本形に目を四つ増やした姿だ。初めて見たときに縁壱があんぐりと口を開けていたら、フンッと鼻で笑われた。むっとして台所から塩を掴みエイヤッ!と振りかけるもヒョイと軽々かわされたのは苦い思い出である。
滅多にないが、背中から蜘蛛のような脚を生やし牙を剥き出しにした姿を見たこともある。六つの目があっちを見たりそっちを見たり、ちっとも目が合わない。しかし縁壱のことをじっと見ているのは分かる。とても恐ろしい顔だと思うが恐怖は感じられなかった。
縁壱はその幽霊を見ていると言いようのない安心感と焦燥感、相対する二つの感情に苛まれる。なぜだか「今度こそ逃してはいけない」と思う。
縁壱が幽霊に手をのばすが手を繋いではくれず、無視されてしまう。のばした自分の手が空を掴むのを見るのは辛かった。
それでも縁壱は諦めきれなかった。
そして縁壱はある日、赤い風船を見て思いついた。
この風船のように糸で繋いでしまえば良い。家でも、外でも、どこかに行かないように、風に流されてしまわないように。お腹のあたりをぐるぐると巻きつけてた糸をしっかり持つのだ。
善は急げとばかりに縁壱は糸を押し入れから引っ張り出して幽霊に差し出し「お腹に巻いて」と言った。
びっくりしたのか六つの目をすべて見開きコテンと首をかしげる姿は珍しく、縁壱はフフンと得意げであった。
それからというもの、縁壱はいつだって幽霊と一緒にいる。幽霊は心底呆れたという顔でぷかぷかと浮かびながら糸で縁壱と繋がれていた。