曙光の祈り
縁壱には忘れがたい朝がある。
人生において唯一、大切な人を守ることのできた朝だ。
夜は嫌いだった。夜は鬼が出る。鬼が出れば鬼を斬る。そして斬る度に心が死んでいく。誰にも言えないが鬼を斬る感触がおぞましいのだ。首を刎ねたその瞬間に手のひらから全身にかけて鳥肌がたつ。
今生で救いの手が差し伸べられなかった人が鬼に選ばれてしまうと産屋敷当主は言った。鬼の始祖は救われぬ者を誘惑する。そして鬼に救いを求め鬼となり徒に共食いの罪を犯してしまうのだ、と。
だから我らの悲願は鬼の始祖を倒すことなんだよ。そう言って縁壱に微笑む彼の瞳の奥には確かな憎しみが宿っていた。
縁壱には朝日を浴びて塵となる鬼が哀れでならなかった。
鬼とならなければ人から憎まれ恨まれ誅伐されることもなかっただろうに。
だから縁壱は一刀で鬼の首を刎ねる。鬼は無辜の人を食らうので倒さねばならない。しかし無駄な苦しみを与えることはしたくなかった。
本当は藤の木の下に隠れていたい。鬼の現れぬ場所で、剣など握らずにいたいのだ。しかし自分が鬼を斬ることで救われる者がいるならば、それが己の為すべきことなのだと思った。だから心を殺し続けた。心を殺し続けた先に誰かの幸せがあれば殺す価値のある心なのだと思った。
転機が訪れたのは鬼狩りとなってから数年が経った日だった。もう会うことがないと思っていた兄を助けたのだ。
「縁壱……」
そう呆然と呟く兄の声に、死んでいた縁壱の心に血が通い始めた。
幼少の頃、兄が縁壱に感情を教えた。
嬉しい、悲しい、楽しい、寂しい、恋しい……。感情の名前を知り縁壱の世界は色付いた。
それと同じように、兄を目の前にして色鮮やかな感情が湧き上がる。殺していた心が蘇り再び世界がよりいっそう美しく感じられた。
何よりも兄と並び迎えた朝日が美しかった。
兄が鬼となり、仲間が死に絶えた後も忘れることの出来ない曙光だった。