蜜苛
水音が響くのがたえられない。腰から甘い痺れが全身に広がり脳を犯して何も考えられなくなってゆく。巌勝は敷布に顔を押し付けて声を殺した。フーッフーッと獣のように息をしないと今にも甘い媚びた声が出てしまいそうだったのだ。
そんな彼のことを縁壱は蕩けた目で全てを見透かしている。仄暗い征服感に酔いしれていた。
この行為は一番星が瞬くころから始まった。そこから随分と時間が過ぎた気がするが、どれ程の時間がたったか分からない。巌勝は尻を高く上げるような姿勢で縁壱にゆっくりと身体を解体され続けている。縁壱は、もういい、早くしろ、と命令する巌勝の言葉に、まだ解れておりませぬ、と臍の下を撫で、“視て”いることを暗に示す。平生なら、命令すれば今か今かと獲物を喰らおうと勃起した男根を迷いなく挿れるというのに。
巌勝は靄のかかった頭で、巫山戯るな、と舌打ちをした。縁壱の節くれだった指を四本も咥えさせられて尚も物足りぬと浅ましくひくつく窄まりが、そして悦楽を得ようとうねる内部が、欲を吐き出そうと先走りを垂れ流す男根が、縁壱には視えているだろう。内部が解れていない訳はないのだ。つまり、縁壱は遊んでいる。
「腰が、ゆれております」
縁壱が淡々と言う。焦らされた巌勝が無意識に腰を揺らめかせていたのだ。それを指摘された。
「…………だまれ」
巌勝は屈辱に低く唸る。縁壱が背後で微笑んだのが分かった。指摘された瞬間にぎゅううと指を締め付けてしまったからだ。恥ずかしくてたまらない。
すると、緩やかに内部を掻き混ぜていた指がくぱ、と広げられ、入り口近くがひやりと空気に触れた。その冷たさにビクリと身体を震わせると宥めるように背に唇が落とされた。
「増やします」
宣言とともに入り口に更に指がかけられる。そして両手の指を使って広げられる。
「っぁ……や、やめろ…」
ふぅ、と内部に息を吹きかけられた巌勝は腰をくねらせ悶える。
「……震えておられるのですか」
「うるさい…うるさいうるさいっ」
縁壱は「愛らしゅうございます」と囁いて泣き所を抉りながらズプンと指を奥まで挿れた。巌勝は背を弓なりに反らしながら甘やかな悲鳴を上げる。
「もっと……もっと、ですよね」
縁壱は言いながら指を揃えて鉤状に折り曲げながら激しく抽挿し始めた。焦らされていた巌勝は目を白黒させながら敷布を噛み締めて唸り声をあげる。指の動きに合わせ腰がガクガクと揺らめいてしまう。肉壁は与えられた暴力的な快楽に悦び巌勝の意思に反してもっともっとと媚びるように締め付けた。
射精感が高まり果てると思うと縁壱は男根を握ってそれを阻止する。そればかりか、前で果てようとしたことを咎めるように中のしこりを指で挟んで揺さぶるのだ。
たえられない。たえられない。
巌勝は遂に「もういやだ」と泣きじゃくった。
「じゃあ、止めますか?」
「っ〜〜〜よりいちっ!」
「ふふ……冗談です」
「ふざけ……っ、い゛ッッ〜〜!」
「ほら。ちゃんと、中でも果てることができたでしょう?」
くやしい。ひどい。うらめしい。きもちがいい。
巌勝は縁壱の思うまま、喘ぎ、悶え、求め、果てた。
「たのむから、すきにしていいから、だしたい、ださせてくれ」
それから何度も射精を伴わずに絶頂させられた巌勝はうわ言のように「すきにしていいから、いれて。ださせて」と言う。縁壱は舌なめずりをしながら悦に浸った。
平生の巌勝は不遜な態度で縁壱に跨り主導権を握ったまま縁壱を絶頂に導き、ニヤリと笑う。その壮絶な色香に、暴力的とも言える衝動が芽生えるのだ。それを隠して「兄上」と呼べば、ずるりと中から縁壱な男根を抜き去り、目の前で自慰をする。意地悪だと思っていた。酷い人だと、たまらない気持ちになる。
だから、今日は意趣返しすると決めていた。
「頑張りましたね。じゃあ、俺が、出させてあげます」
縁壱は指を抜き去ると巌勝に覆いかぶさるようにして抱きしめ耳元で囁いた。ひっ、と怯えるような声に、胸がざわめく。
「十」
「え……っ、?」
動揺したような巌勝の声。
「九……八……七……」
「っ、いやだ! いやだいやだやめろ!」
暴れる巌勝の身体を抑え込み、縁壱は男根から手を話して臍の下を撫でた。巌勝は感じ入ったような悲鳴をあげた。
「六……五……四……」
巌勝は己の男根に手を伸ばそうとする。しかし縁壱がそれを見逃すはずもなく、その手を掴んで敷布に縫い付けた。
「三……ニ……一……。イッてください」
縁壱の言葉に合わせて、巌勝はあられのない声をあげて身体を大袈裟なほどビクビクと痙攣させ、射精した。
びゅくびゅくと勢いよく精を放ちながら、ガクンと気を失った巌勝を抱きとめ仰向けにする。涙の跡と半開きになった口から垂れた唾液を舐めとると、縁壱は勃起した己の男根を取り出してくったりとした巌勝のそれに擦り合わせた。
「ん……はぁ……あっ、あっ…」
意識のない巌勝に口づけをしながら、腰をふる。わざとぐちゃぐちゃと音を立てて、己の興奮を煽った。
「あにうえ、あにうえ」と何度も呼びながら、巌勝の身体を使って自慰をする。それは、おそろしく気持ちが良かった。
そして巌勝の腹に向かって射精すると、縁壱はふんわりと微笑み「またしましょうね」と額に口づけた。
空には満月が輝いていた。