ブラザーコンプレックス
少年は都内の私立の中学校に通っていた。
明治期に設立されたその学校は幼・小・中・高の一貫教育を行う歴史のある男子校だ。
編入制度はあるものの、仮に幼稚園から高校卒業まで転校をしなければ少年時代のほぼ全てを共に過ごすことになる。
そして中学二年生の少年は幼稚園から通っており、すでに十年目の付き合いとなっている同級生もいる。
中でも継国巌勝は特別だった。
特別、というのは特別仲が良いという意味ではない。奇跡的に十年間クラスが分かれることなかった、という意味である。
さて、その継国巌勝であるが、彼には縁壱という双子の弟がいた。
その双子は兎にも角にも距離が近かった。
二人はいつも体のどこかしらを触れさせている。まるで磁石みたいに自然とくっついてしまうのだとでもいうように。
縁壱は巌勝の小指に己の指を絡ませ、巌勝は縁壱の親指を指でさする。二人は目を合わせずに、脚と脚とが絡み合うほどの距離でヒソヒソと話す。時折、覗き見でもするようにちらとお互いを見る。視線でも合おうものなら二人はじっと見つめ合って動かなくなってしまうのだ。
思い返せば幼少期から彼らはそうだった。
ぴったりくっついて指と指を絡めるみたいに手をつなぎ、そして二人の世界に入り込んでしまっていたものだった。
少年は休み時間が終わり縁壱が自分のクラスの教室に戻るなり隣の席の巌勝に「お前ら本当に兄弟なんだよな?」と指摘する。
「……一卵性なのに似てないとは言われるが、兄弟を疑われたのは初めてだな」
「いやいや。そうじゃなくて」
巌勝はきょとんとした顔で首を傾げる。
「距離感がおかしいんだよ、お前ら」
「そうなのか?」
ぱちぱちと瞬きをする巌勝は、おそらく本当に自覚がない。
少年はため息をついてみせて、ぐいと巌勝に近づく。
「わっ……」
「な? この距離、近いだろう?」
驚いたように顔を背ける巌勝に少年はひょいっと体を離して言う。
「しかし……俺たちは兄弟なのだし…」
「兄弟でもこの距離っていうのは異常なんだよ」
「い、いじょう……」
「そ。普通はそんな近づいたりしないって」
巌勝は混乱したように目をぐるぐる回しながらも「俺はともかく、縁壱は、お前みたいに凡庸ではないから……普通の枠にはおさまらないのは当然……」と呟いていた。
少年は喧嘩を売られていると思ったが、巌勝のソレは今に始まったことではなかったので目を瞑ってやることにするのだった。