NOVEL short(1000〜5000)

まな板の上の負けず嫌い


 あんまりだと思った。  
 あんまりな仕打ちだ。実の兄に対する仕打ちとして許されるはずもない。
 巌勝は憤慨していた。
 休日の爽やかな朝のはずだった。
 おはようございます、と爽やかな目覚めとともに聞こえた弟たちの声。ニコニコと笑う彼らは細い紐と、それから真っ赤な太い紐をそれぞれ手にしていた。
「昨晩はこの縁壱に黙って男どもと酒を飲んでいたようですが、楽しかったですか?」
 こうして爽やかな朝は脆くも崩れ去り、巌勝は弟二人から一人全裸に剥かれ目隠しをされ縄で後手に両手首を拘束され、おまけに性器の根本を紐でキツく縛られた状態でベッドの上で膝立ちにさせられているというわけだ。

 確かに前日の夜、巌勝は弟たちには告げずに大学の友人らと焼き肉を食べに行った。新年度だ。よくある、学部の新入生を誘っての飲み会だった。第一、継国さんとも飲みたいです、なんて新入生から言われてしまったら断れないだろう。  
 ただ、なんとなく弟たちが嫉妬するのではないかとは思ったのだ。食事は兄弟で共にとりたい。そう彼らから言われていたから。だから告げなかったのだ。

 しかし弟たちも今日はそれぞれバイトがあると言っていた。つまり、その日はそもそも夕飯はそれぞれでとることになっていた。  
 だったら別に誰とどこで食事をしようが構わないではないか!
 それなのに弟たちはどこから仕入れた情報なのか、勝手に飲みに参加するのは浮気だ何だと言って好き放題をする。全く横暴である。秘密を作るなんてやましいことがあるからでしょう、だって? そんなものは弟たちが巌勝を好き放題する良い口実に決まっている。
 かえすがえす、巌勝は憤慨していた。

 しかし憤慨する巌勝をよそに正面に座る縁壱は巌勝の腰をおさえながら片方の胸の尖りを舐めしゃぶる。一方、背後から巌勝を抱いている縁壱は耳を甘噛みしながらもう片方の胸の尖りを指でいじっていた。
 目隠しをされて敏感になった身体を二人がかりで愛撫され、焦らされ、だが射精は許されない。  

 巌勝は歯噛みする。  
 これはどうせ茶番。どうせ二人が満足するまで弄り倒される。それならば簡単に陥落などしてやるものか。巌勝はそう決意した。  
 ちなみにその決意が通算幾度目か分からぬ決意であること、その決意が自身の首を絞めていることに気付いていない。もっとも気付いていたとしても彼の矜持が簡単に陥落することを拒んだに違いない。


「い゛っ…は、ぁ……」  
 ぢゅうと正面から思い切り尖りを吸われ、同時に反対側を指で何度も弾かれる。思わず声が出た。異なる二つの刺激、それはビリビリと背骨に走る電流のような快感となり巌勝を襲う。
 目の裏にチカチカと星が飛び、たらりと口から唾液が垂れる。慌ててぎゅうと口を引き結ぶが、背後からはくすくすと楽しそうに笑う気配がした。  
「おっぱい、好きですよね」  
吐息をたっぷりと含んだ声で、からかうような言葉を耳に吹き込まれる。  
「ち、ちがっ! す、ぃ…すき、じゃない…!」  

 違う、違う、好きなんじゃない。他ならぬお前が俺をお前好みに作り変えたんじゃあないか。ほんとうの俺はそんなじゃない。そう脳内で反論するも、言葉の代わりに口から溢れるのは意味をなさぬあえぎ声と唾液だけだった。それが巌勝にできる精一杯の抵抗だった。

 しかしその抵抗に、ひたすら片方の胸を舐めしゃぶっていた縁壱が反応を示す。  
 じゅぱ、と尖りを解放したかと思うと「あにうえ」と酷く甘えたな声を出した。  
「兄上は、どうしてそんな嘘をつくのかな」  
「ひぎぃ?!」  
巌勝は思わず背を弓なりに反らし悲鳴のような声を上げてしまう。縁壱が指先でくるくると巌勝の性器の先をもてあそんだのだ。  
 直接的な刺激に巌勝の内腿ががくがくと震えて力が抜けた。それを背後の縁壱が羽交い締めにして支え、膝立ちの姿勢を維持させる。そして耳に唇を押し付けて「かわいい」と熱っぽく囁く。その声が鼓膜を通じて脳まで届き、熱を生む。
 次から次へと溢れ出る先走りを亀頭全体に塗り拡げるかのように縁壱の手が動き、あまりに強い刺激に次第に声が抑えられなくなっていった。  
 前から、そして後ろからも聞こえるくすくすという笑い声が頭の中に響く。おかしくなりそうだった。

「ね、兄上。やっぱり、気持ちが良いのですよね。恥ずかしかったんですよね。でも、嘘をつくのはいけないな」  
「……気持ち良いって、言って」  
 巌勝を抱きとめていた腕がぎゅうとその締め付けを強くする。そして縁壱は首筋に鼻を埋め、大きく息を吸い込み項をべろりと舐め上げた。  
「あぁ……兄上の味、あまいです……ン、は、あ、あ…あにうえっ、あにうえ…」  

 荒い息と共に名前を呼ばれながら何度も何度も布越しに勃起したものを押し付けられる。そのたびに巌勝は全身の肌が粟立つような心地になる。
 もう幾度も身体を許した。それ故にその先を身体が勝手に予感してしまっている。理性を裏切ってどろどろと解けていくようなそんな心地を頭を降ってなんとか振り払う。

 だが、縁壱のその動きは徐々に激しくなり巌勝の尻に叩きつけるような動きになっていった。  
「はっ、あっ、あ゛ぅ、あっ、あっ、ひっ、」
 その衝撃で巌勝の口から声が出る。止められない。  
 加えて亀頭をくるくると撫でていた手はいつの間にか竿全体を握って上下に擦り巌勝を責め立てる。  

 後ろから、犯されている。縁壱に。腰を打ち付けられて、声が止まらなくて、暗闇の中で世界が蕩けていく。残っているのは縁壱だけになるような錯覚。縁壱の身体と、触れられている感触、そこから広がる甘い痺れと快感。それだけが鮮明だった。

 射精感が高まるが根本をきつく縛られているせいでそれには至らない。苦しくて気持ちよくて、ついに巌勝はどうしようもなく懇願する。  
「ひ、ひもっ!紐、取っ、て、くれ…」  

 お願いだから、苦しい、出したい、辛い。そううわ言のように口にした。
「じゃあ、降参する?」  
「っ、…!!」  
 しかし巌勝は«降参»という言葉に口を噤む。それだけは、矜持が許さない。  
「本当に、辛いなら、取ります。俺も兄上が辛いのは嫌ですから」  
「あ、つ、つらい。つらいっ…ほんとうにっ!終わっ…あ゛っ、うっ…おわりに…もう…っ!」  
 縋るような思いで訴える巌勝の唇を、背後から伸びた指がつつとなぞった。縁壱はその指を唾液を塗り込むように唇を数度往復させ、口の中に挿し入れかきまわす。  
「……それも、嘘でしょう。兄上は、嘘ばっかり言う」  
こういう時の貴方の嘘は昔からとても分かりやすい。そう縁壱は言って項に唇をよせてキツく吸い上げた。

 一方、巌勝の性器をぐちゅぐちゅと扱きあげていた縁壱は、その手で臍の下をするすると撫でる。産毛を撫でるように触れたかと思うと、くすぐるように腹筋を指先で辿り、そして手のひら全体で触れる。
 もどかしい刺激に巌勝は身を捩った。
「兄上は見えてないでしょうから、教えてあげますね」  
縁壱の言葉に巌勝はビクリと身体を震えさせる。  

「さっきから、兄上のお腹が……ここが、震えてるんです……。……ね、ここ。分かりますか?  
 欲しいんですよね。中に。  
 お腹、寂しくて、ひくひくしちゃってるんですよね。
 この縁壱のを中に入れて、いっぱいにしてほしいんですよね。いつもみたいに。  
 ええ。縁壱は全部わかっています。
 どうされたいですか。教えて?」

 ぐっぐっと臍の下を押されながら吹き込まれる言葉にじんじんとした痺れが広がった。  
 意識させられると脳味噌が暴走してしまったように過去の快楽を想起させる。

――いつもみたいに?いつも?  
――そうだ、奥まで入って、気持ちの良くなる駄目な所を擦られて。訳が分からなくなって、馬鹿になって、一緒に果てる。  
――いっしょに。  
――そうだ一緒が好き。  
――ああ、でも、嫌だ。言えない。悔しい。気持ちが良くて、もっとしてほしいなんて、悔しい。悔しい。悔しい!

 巌勝の思いとは裏腹に、腹の奥の疼きが止まらない。指に腔内を荒らされ口はだらしなく開けられ唾液が垂れる。それを縁壱がべろりと舐め上げ、リップ音を立てて唇を吸った。  
 気持ち良い。でも、悔しい。その二つが巌勝の頭の中いっぱいに広がる。


「降参って、言ってくれたら兄上の言う通りにします。ちゃんと言う事聞きますよ?」  
 ぺちぺちと竿を叩かれ巌勝の腰ががくがくと震えた。

「ちゃんと、兄上の中に入って、気持ち良いところゴシゴシしてあげます」「奥のトントンして、いっぱい気持ちよくなりましょう」「満足するまで注いで差し上げますから」「かき混ぜて一番奥までいっぱいに注ぎます」「それがお好きですものね」「前もたくさん出していいんですよ」「からっぽになるまで」

「ね、想像して。兄上」

 前からも後ろからも、囁かれ、頭が言う事を聞かずに過去の快楽をむりやりに引き摺り出す。もはや脳味噌がぐちゃぐちゃになったようになって身体中が震えた。
  
 そして、臍の下をぐっと強く押され、耳の穴に舌を入れられぶちゅ、と泡の弾けるような音がして、巌勝の目の裏に火花が散った。  
 息ができなくなる。頭が真っ白になって、震えが止まらなくなる。ふわふわとした浮遊感と、なお一層強まる疼き。
 巌勝は言葉と声と、自身の脳の裏切りにより強制的に頂点に導かれた。


「気持ちよかったですね」  
「降参、しましょう?」  
「もっともっと、気持ちよくなりましょう」  
縁壱の声がぐわんぐわんと頭に響く。降参と、一言、たった一言口にすればいい。そうも思えた。  
「兄上、どうしますか?」  
「ぃや…だ。やだ、やだ、ぁ…」  

 それでも、巌勝は降参は嫌だと首を降る。

「……ああ。兄上。たまらない」  

 縁壱は知っていた。  
 どんなに乱れようとも巌勝は降参をしない。理性を失っても降参だけは嫌だと言う。  
 そこが一等、好きだった。


 羽交い締めにしていた腕は巌勝を解放し遂に巌勝はベッドに倒れ込む。巌勝は熱を少しでも冷まそうとシーツに頬ずりをした。

 その間に部屋に響くのは衣擦れの音と荒い息。
 やがて腰だけが高く上げられ、後ろ手に縛られていた手にちゅ、と唇が寄せられる。  
 ひた、と熱い欲の塊が尻と、頬に当てられた。

「今回も、俺の負けです。兄上はもう降参しなくて良いですよ」  
「ただ、俺たちを受け止めてくれれば、それで良いのです」  
「分かりましたか?」

 目隠しが外された。巌勝はぼやける視界にぱちぱちと瞬きを繰り返す。やがて巌勝の両目が焦点を結び、嬉しそうな縁壱の姿を認めた。
 それを見て、ふにゃりと笑う。  
 顔が見えた方がいい。そう思った。  

 けれど巌勝は、それは口にはしなかった。
 それを言うのは悔しいからなのだが、弟二人にはすっかり筒抜けであることを彼は気づいていなかった。